12.『おねえさん』と犯罪オンパレード

 それからもしばらく歩いて、途中


「歩きの割に遠いんよ」

「いつまで続くん」

「まだなん」

「もう足疲れた」

ぁや、もう帰る」


 とイチコがゴネまくるアクシデントもあったものの、僕らは不屈の精神(?)で尾行を続けた。

 そしてついに、


「あ、おねえさん止まらはった」


 ホシが次のアクションを起こした。

 おねえさんが足を止めて見つめる先。少し小高いところにあるソレは、シンプルで大きな、白いモダンハウスだった。例えるなら湘南とかに芸能人が別荘で持ってそうな。

 塀とかの区切りはないが、通りとの位置関係的にその家の敷地だろう芝生。彼女はそこへズンズン足を踏み入れる。


「躊躇なく行くってことは、何度か来たことがあるっぽいよな」

「おっきい家! カレシ金持ち!?」

「なんでそうカレシにしたがるんだよ」

「カレシにしたいんとちゃう。ってことにしたいんや」

「? 分からん」


 禅問答の方が易しそうなイチコ語録は無視して、おねえさんの動向を窺うことにしよう。彼女はそのまま玄関へ進み、インターホンを



「ヒョオオオオオブウウウウウっっっ!!!!!」



 使わずドアを蹴破った。


「「えぇーっ!?」」


 僕とイチコが理解不能でビビり散らしているあいだにも、


「オラーっヒョウブ! 出てこんかいワレェ! 年貢の納め時じゃボケカスコラ!!」


 好きな球団は近鉄きんてつバファローズ、って感じの勢いでおねえさんは乗り込んでいく。

 あ、別に近鉄ファンに対する偏見とか、そういうわけじゃない。そもそも僕が生まれた頃にはなくなってたし。

 近鉄はさておき、ここまで尾行の主犯だったイチコ。おねえさんのあまりの剣幕に、さすがにビビ


「ケンちゃん! アタシらも行くで! よ!」


 ることはなかった。


「なんでだよ! オレらが勝手に入ったら不法侵入だぞ!」

「そのまえにおねえさんが器物損壊やんか! しかもあの勢い、放っといたらケンカなるで! 止められるんはアタシらだけや!」

「一理ある、のか?」


 確かにおねえさんなら、ケンカどころか殺人事件だ。僕はイチコに引っ張られてモダンハウスへと急いだ。






「あちゃー、ガチのマジでぶっ壊してる」

「あの人どんだけ力強いん」


 玄関に転がっているドアは、材質は分からないけど木じゃないことは確か。それがに折れ曲がり、蝶番ちょうつがいを壁から引っこ抜いてぶら下げている。そのまま花瓶だったものや写真立てだったもの、よく分からないインテリアを下敷きにして沈黙。二度と役目を果たすことはないだろう。

 僕はすでに何度かおねえさんの人外怪力を目撃している。だから落ち着いていられるが、初見のイチコはさぞかし戦慄しドン引きのことだr



「おねえさんはどこや!?」



 キョロキョロしながらも、クセで靴を脱いで上がろうとしている。呑気か!


「やめとけ! おねえさんが何をどう破壊して、どこになんの破片が落ちてるか分からないぞ!」

「怖っ! でも土足で上がるんはが」

「無許可で踏み込んでるのに今更言うなっ!」


 でもやっぱり、おねえさんインパクトが効いているらしい。きっとここまでノリと勢いでやってきたんだろうイチコ。急に動きがモタモタしはじめる。

 だがちょっと構ってられない。何しろおねえさんなら人間くらい素手で秒殺、しかもと言ったら(まだ何も言ってないけど)人だ。それがあの剣幕なら。


 一分一秒が惜しい!


「くそっ、どこに行ったんだ!」


 外観からしても広そうな家だったし、しかも二階建て。これじゃおねえさんを見つけるのにも一苦労だ。

 しかも応接室っぽい部屋に踏み込めば強盗襲来で、リビングを覗けばマグニチュード8.5。あんまりにもあんまりな惨状。

 すでにやり尽くされたあとだし、思った以上に移動が速い。どれだけ手早く荒らしまわったのか。

 見つけるだけじゃなくて、そこからあのバケモノを止めなきゃいけないというのに。せめて2LDKならよかったものを、家主が金持ちなのが悔やまれる。


 という僕の心配は一瞬で消えた。代わりに状況はもっと差し迫る。



「見つけたぞヒョウブ! 怯えろ! すくめ!」



 おねえさんの大声が響き渡る。


「ケンちゃん今の!」

「うん! 向こうからした!」


 でもこれは僕らがおねえさんの居場所を把握したと同時に、彼女もターゲットを捕捉したってことだ。

 頼むから到着するまで堪えてくれよ、名も知らぬ人!

 まぁ僕らが行ったからって何ができるわけじゃないけどさ。


 廊下を走るあいだにも、ガタゴトと重い何かを動かすような音がする。

 マズいぞ! あのバケモノ、大ダコの時みたいに質量兵器を使う気か!?

 不幸中の幸い、音がするおかげで向かうべき方向を見失わない。二階へ上がる階段まで来ると、


「地下なんてあったのか」

「お金持ちっぽい家やし、核シェルターとかかな?」

「そんなワケないだろ」

「だって沖縄は米軍」

「それ以上いけない」


 声や音も地下の方からする、

 というか、地下フロアのドアが玄関と同じ目に遭っているから考えるまでもない。

 何かセンシティブなことを言いかけたイチコを制して地下へ駆け込む。どうやら一直線に並んで複数の部屋があるらしく、破砕されたドアの向こうに破砕されたドアが見える。


「ここまでされてると、いちいち開け閉めしなくていいから楽だな!」


 緊張をほぐしたいのか、いらない独り言を吐く僕の目に飛び込んできたのは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る