11.『おねえさん』と少年探偵団
そんなことがあったので、タコのことは誰にも言わずにいる次第だ。
ただ。
本当に何もなかったように。窓辺の座席でファッション雑誌を読んでいるおねえさんに(まぁこの人なら今回に限らず、宇宙戦争があったあとでもケロッとしてそうだが)少しモヤッしていると、
「海の家で食べてくる予定だったんだよね? そんじゃ昼メシはまだかな?」
叔父さんがタコライスを四つ持ってきた。
「うわぁおいしそう!」
イチコが目を輝かせる。
叔父さんは僕が小学校入ったかくらいの頃に脱サラ。沖縄に移住して、住居の一部を改装したカフェを営んでいる。つまり料理は得意中の得意なわけだ。
イチコがさっき飲んでいたのもお店自慢のメニューの一つ。おねえさんが座っているのもお店の座席で、読んでいる雑誌もお客さんが置いてったヤツ。
「おねえさんもどうぞー! 腕振るったんで、どうぞ食べてください!」
「アリガトございまーす! もうお腹ペコペコでぇ!」
タコ焼き食ってたじゃないか。そう考えると、今の僕にタコライスは皮肉が効いてるな。タコ入ってないけど。
「どう? うまい?」
「うまいっス!」
「よっしゃ!」
「はぁ」
叔父さんはおねえさんにデレデレ。ちなみにバツ2独身。僕が引率におねえさんを連れてきた時は、
「ケン坊、でかした」
「年の差考えろよ」
まったく女性に懲りてない男だ。代々警察官にしてカッチリした人生を尊ぶハバト家の、いわゆる鼻摘ま、異端児である。一族とはソリが合わないらしく、盆も正月も帰ってこない。
「午後はどうしょっか」
タコライスでお腹が落ち着いたイチコ。活動的な言葉とは裏腹に、手はテレビのリモコンへ。画面では高校球児のお兄さんたちが日光に炙られている。
「叔父さんが車出してやろうか?」
鼻息荒いよ。おねえさんを助手席に乗せたいんだろうな。だからムリがあるって。見ててキツいからやめてほしいもんだ。
「どすか? どっか行きたいところとかない?」
イチコよりおねえさんにすり寄る叔父さんだが、彼女は目も合わせずファッション誌を閉じる。『モンティ・パイモン』とかプリントされたTシャツに、黒い七部丈シフォンパンツ。ファッションに興味あるのかないのかイマイチ分からない。
「や、私はちょっと用事があるんで。三人でどーぞ」
「用事ぃ?」
「おや、驚くことないでしょ、男の子」
そういえばおねえさんも『沖縄行きそびれたし』って言ってたな。それで引率やってくれてるんだよな。そりゃ自分の目的があるだろう。
単なる観光じゃなくて用事とは思わなかったけど。
「送っていこうか?」
なおもチャンスを狙う叔父さんだが、
「や、結構です」
即却下。そのまま玄関へと歩き出した。
「その用事ってなんなん?」
イチコの質問におねえさんは口元へ人差し指を添えて、少し考える
「『おねえさん』は少年少女の憧れだからね。ヒミツの一つや二つくらいある」
まともにゃ答えてくれないようだ。
「じゃね〜。もしかしたら向こうで泊まるかもなんで、その時はお店の電話にかけます」
手を振って出かけたおねえさん。玄関に出てしばらく見送った僕らだが、彼女が角を曲がって見えなくなると、
「ほら! 行くで!」
急にイチコが僕の背中を叩く。
「行くってどこに」
「そんなん決まってるやないの。おねえさん追いかけるんよ」
「はぁ!?」
どうしてそんな、と聞くまえに、イチコは性格悪そうにニヤリと笑った。
「少年少女にヒミツ作るんがおねえさんやったら、それを探ろうとすんのが少年少女のマナーやん?」
「そんなの聞いたことないぞ」
イチコって、まえからこんなヤツだったっけ? なんか最近おねえさんに汚染されはじめてる気がする。
「さ、見失うまえに行くで!」
「お、おい!」
イチコが僕の腕を引っ張ると、叔父さんが呟く。
「いいなぁ。俺も行きたい」
「叔父さんがやると普通に
電柱やブロック塀の影。こんなところでコソコソする日が来るとは。これでも捕まえる側の息子なんだけどな。あぁでも、尾行って考えたら普通なのかな。
いや、警察の息子だからって尾行してるのは普通じゃないよな。
おねえさんは僕らの追跡に気付かない感じでスタスタ歩いている。だけどあの超人性を考えれば、バレてないとは限らない。泳がされてるかも。
「おねえさん、コンビニとか寄らへんかなぁ」
言い出しっぺのイチコはというと、呑気なもんだ。
「どうしてさ。トイレ行きたいのか?」
「女子に向かって! それよりアレや。買いたいもんがあんねん」
「買いたいもの?」
しかしイチコは答えなかった。僕が首を傾げているうちに、マジでおねえさんがコンビニへ寄ったのだ。
「あっ! チャンスや! アタシらも行くで!」
コンビニで売ってて、尾行の最中に必要なものなんてあるのか?
「Lチキ二つください」
おねえさんはフライドチキンとビールを二つずつ買うと、コンビニを後にした。
「アタシレジ行くから、ケンちゃんは見失わんよう行って!」
「はいはい」
イチコが買ったのはアンパンと牛乳。いらないって言うのに僕も金を払わされた。
おねえさんは海の方へ向かっているだろうか?
「むむ、これは海で待ち合わせ、そこでチキンとビールで一杯、と見た!」
「一人で飲み食いするかもよ」
「でもそれやったら二つずつとか買わんやろ?」
いや、あの人は一人で北斗七星作るヤツだぞ。缶二本くらい。でもまぁ尾行メンドくさいから、テキトーに話合わせとくか。
「それならもう追いかける必要ないよな」
「何言うてんの! 相手は遠距離恋愛のカレシかもしれんぐっ!?」
アンパンを頬張りながら熱弁するイチコ。喉に詰まったらしい。
「ほら、牛乳飲めよ」
「んっぐんっぐんっぐ」
ちなみにおねえさんは、早くもフライドチキンを食べ歩きし始めている。海を見ながらってことはなさそうだ。かといってビールを飲む様子はない。ツマミじゃないのか?
となると、ビールとLチキは別の目的と考えてよさそう。いつかの飛行機じゃツマミなしだったとはいえ、せっかくチキンがある状態でそうするとは。
つまり、ビールは今手を着けない=あとで飲む予定がある→それが二本、つまり二人……
「なんでオレがマジメに推理してるんだ」
「ん? なんか言うた?」
「いや、なんでもないよ。イチコの予想当たるかもな、って」
「カレシ!?」
「いや、それは知らない」
ゴチャゴチャ言ってるうちに、おねえさんは二つ目のチキンを平らげた。
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