3.『おねえさん』とイン・ザ・スカイ
爆弾の威力とかは知らない。
でも、なんにせよハイジャック犯が切り札にしてるくらいだ。
切り札ってことは要求が通らなかった時に、全てが失敗に終わった時にヤケで使う爆弾ってことだ。
悪ガキが持ってた爆竹レベルってことはないだろう。
つまり飛行機内で爆発したら、無事でいられる見込みはない。
「死にさらせっ!!」
人質とか、政府に要求通すとか全部忘れて放り投げられた『終わり』。
それを正面から真っ先に浴びる
「だらぁっ!!」
「えっ?」
ちょっと間抜けなリアクションになったのは、一瞬何があったか分からなかったからだ。
ただ、おねえさんの右足を頭より高く上げたポーズと、
「うわわわわわっっっ!!」
「きゃあああああああ!!」
「助けてくれぇぇぇぇ!!」
阿鼻叫喚の機内。壁に開いた長方形の穴と、そこから凄まじい勢いで外に向かって吹く風。
爆弾を蹴り飛ばして、ドアを突き破らせて機外へ放り出したみたいだ!
「ムチャクチャしやがってぇぇぇ!」
機内の誰もが強風に煽られ必死で座席にしがみつくなか、
「到着までは昼寝でもしてお待ちくださぁい! ブランケットはサービスとなっておりますぅ!」
おねえさんだけが風圧なんてないように、軽やかにハイジャック犯二人を蹴り上げる。流れるように宙へ浮いた二人をキャッチすると、空いてる座席へ叩き込む。
どうやら二人は一撃ノックアウトしている様子。外へ飛ばされないためにシートベルトされている。先に床で伸びていた二人も、知らないうちに座席へ収まっていた。
「ふい〜」
パンパン、と手のひらの埃を払う動きをするおねえさん。おかしいことしてるのもそうだが、何より余裕そうな感じ。
微かな振動でチラチラ光を反射する耳飾りは、まさに彼女自身の象徴。完全にこの場を支配するキング、いや、クイーン。
ただでさえ人間離れしてるのが、もう一段向こう側に行ってるみたいで。
「バ、バケモノ……」
「失礼な。『おねえさん』だよ」
腰に手を当てムッとする彼女。
だけどすぐにクルリとこちらへ背を向けて、なぜかわざわざ宣言する。
「じゃ、あとはコクピットお片付けしてくるね」
強風に耐えるのがやっとの僕ができた返事は、
「ア、アンタ何者なんだ」
人類のルールが通用しない女は振り返って、ムダに可愛らしく首を傾げた。
「んー? だから『おねえさん』だって」
「答えになってない! その一言で片付いたら苦労しないよ!」
「君がなんの苦労してるかは知らないけどさ」
自称『おねえさん』は、ふんすと鼻から息を抜く。
「『おねえさん』だぞ。ハイジャック犯くらい倒せる」
「そんなわけないから!!」
おねえさんはそれ以上僕の相手をせず、通路をランウェイみたいに歩きながらコクピットへ向かった。
まぁあの分なら失敗することはないだろう。ハイジャックもこれで一件落着だろうか。最初はものすごく怖かったけど、終わってみればアイツがムチャクチャすぎてなんだか
むぐっ!?
「ただ〜いま〜」
コクピットで死闘(という域の争いに持ち込まれたかは分からない)があったとは思え得ない気軽さで、おねえさんが戻ってきた。
実際、全て片付いたと思って気楽だったんだろう。
だけど、
「おい! 女!」
「およ?」
「手を上げろ! さもないと、この小僧をこっから突き落とすぞ!」
まだ終わっていなかった。
彼女がコクピットへ向かったあと。
みんなが必死にシートベルトを握り締めるなか、慎重に席を立つ男がいた。「おっさん危ないぞ」なんて思っていたら、そいつはこっちへ近付いてきて、
「抵抗するなよ」
「えっ」
僕の額に拳銃を突き付けた。
しまった! ハイジャック犯はもう一人いたんだ! ずっと乗客のフリをして様子を窺う、奥の手みたいな係がいたんだ!
おねえさんが撃退した連中じゃなかったから、近寄ってきても油断していた。いや、身構えてたら何かできたわけじゃないけど。
「シートベルト外してこっちに来い! アイツが戻ってくる前に早くしろ!」
「ひ、ひ……!」
「おら! こっちだ! 俺たちゃどのみち、もう終わりみてぇなもんだ。躊躇もいらねぇ。下手なマネしたらすぐ撃ち殺すからな!」
「ひぃっ!」
こうして今、僕は男の人質となっておねえさんが開けた風穴の真横に立たされている。一歩外では四国が地図で見る四国の形をしている。
落ちたら命がない高度ってことだ。
男は片腕で僕の首をホールドしながら、もう片方の腕で近くの座席のシートベルトを握り締めている。当然僕にはそんな命綱、ない。
「おらっ! 早くしろ! このガキがどうなってもいいのか!」
三下の悪役みたいな、だからこそ切実で暴力的な脅しが響き渡る。男のツバを飲む音が聞こえる。乗客たちの不安で千切れそうな視線が集まってくる。
そんななか、当のおねえさんは、
ガチギレの表情だ!!
困惑とか青ざめるとか追い詰められるとかじゃなくて、マジギレのブチギレだ!
本能的に分かる。つまりこの人は、人質にビビるとかそんなことはなくて。
つまりそれだけ、難なく制圧する自信があって。
僕が命の危険(自分のに対するものか、男のに対するものかはよく分からない)を感じ、おねえさんが手を上げることなく膝に力を込めたところで、
幕切れは唐突に訪れた。
飛行機が急に、大きく揺れて傾いたのだ。たぶん機長あたりが、一旦
そのために近畿方面へ引き返すべく、一気にUターンしたのだ。
結果、機内は大きく揺られ、
「うおおおあっ!?」
「あっ」
風穴の真横で体勢を崩した僕と男は、強風吹き荒れる日本上空へ投げ出された。
どうやら予想外の衝撃で、命綱から手を離したらしい。
「男の子!」
初めておねえさんの焦る叫びが聞こえた気がする。
あ、そうか。
あの超人じみた『おねえさん』が焦るくらいのことなんだ。つまり、
死ぬんだ。
なんだか答え合わせというか、妙な納得感があった。
そっか、僕、終わっ
恐怖のあまりか、そこで僕の意識は途切れた。
最後に、スローモーションで遠ざかる飛行機からおねえさんが飛び出してくるのが見えた、気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます