第16話 交わらない視線と記憶と
病院内の庭に出て、近くの適当な自販機でコーヒーを買うと、高崎さんと並んでベンチに腰掛ける。
「目にクマできてますよ。最近ちゃんと寝れてますか?」
「……あんまりかな」
「……具体的にはどれくらいですか?」
「どれくらいなんだろう……。中々寝れなくて気付いたら朝になってるっていう感じだから」
高崎さんに少し呆れたように溜め息を吐かれる。
「気を張りすぎですよ。神園さんに少しでも付き添っていたい気持ちは分かりますけど、このままだと神園さんが目を覚ますよりも先に桜木くんが先に体調を崩しますよ」
「……まぁ、気を付けるよ」
僕の適当な返事に心配が勝ったのか、彼女は自分の太ももをポンポンと叩き出した。
「気を付けるって……。それじゃあ駄目ですよ。いますぐ寝ましょう。こんなに空が晴れてていい天気なんですから。枕がないと寝にくいなら、膝枕でもしましょうか?」
「いや、それは絶対大丈夫だけど」
「そうですか? 必要になったらいつでも言ってくださいね」
「絶対に頼まないけど寝るなら詩音のそばで寝ようかな。もし万が一、詩音の目が覚めたらその方がすぐにわかるし」
「そうですね。それじゃあ一旦戻りましょうか」
そんな風に少し気分を紛らわすような会話をしながら詩音の病室のドアを何気なく開くと、先ほど僕が祈ったことが現実になっていた。
詩音が目を覚まして、体を起こしていた。
「詩音!?」
「神園さん!」
ベッドの上で辺りをキョロキョロと見回している彼女の名前を叫ぶ。
彼女の視線が僕に捉えるが、なんとなくその眼には何も映っていないような気がした。
「詩音。良かった……目が覚めて……」
何かがおかしい。何がおかしいのかは分からないが、とてつもない違和感が僕を覆っていた。
ただ取り敢えず嬉しいものは嬉しいので、詩音のそばに駆け寄る。僕の後ろを追ってきた高崎さんが詩音に声をかける。
「あの神園さん?」
「ええっと、……一ノ瀬さんでしたっけ? ここは病院……ですよね? なんで私はここに?」
「どうやら神園さんは交通事故に遭われたみたいで、もう十日も寝てたんですよ」
「……交通事故に……。なるほどそうなんですね……」
少し何かを考えこみ始めた彼女。そして再び、不思議そうに辺りを見渡し、最終的に視線が僕に向く。
「一ノ瀬さん、それでもう一つお尋ねしてもいいですか?」
「? いいですけど……?」
高崎さんに質問をするのに視線は僕というよくわからない状況に何だ?と少し身構えた僕に対して次に吐かれた言葉はあまりにも残酷な言葉だった。
「あのすみません。その、一ノ瀬さんの隣に立っている男の子はどなたでしょうか……?」
「……えっ?」
「——っ」
高崎さんの呆気にとられたような声がやけに印象的だった。
しばらく、何を言っているのか分からなくて、高崎さんの隣を見る。いるのは僕だけ。詩音の純粋な瞳、そして困惑しきった高崎さんと目が合って、やっとその言葉の意味するところを理解した時にはもう僕の目の前に色なんて存在してなかった。
目の前に浮かんでいたのは——ただただ記憶喪失という単語だけで。
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シンプルに絶賛体調不良
絶対、昨日一滴も水飲まずに生活したせい
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