第3話 虚な世界
詩音が帰ったあと、僕は自分を落ち着かせるために静かに目を瞑っていた。ただ何をしても脳内も感情もより一層ぐちゃぐちゃになるだけで一向に冷静にはなれなかった。
永遠に脳裏をよぎり続けるいつも僕の目の前で見せてくれるあの笑顔と、小林と交わっているときに見せていたあの顔。
どちらも同じ詩音のはずなのに僕の目には全く違う詩音に写った。そのことがなんというか無性に悔しくて、無性に辛かった。
更に思い出されるのは僕が先程詩音に触れられた際に思わず拒絶の色を見せてしまったこと。それはいつも通りの彼女がなんとなく怖かったから。
どうして小林と付き合っている詩音が僕に優しくしてくれたのかという疑問がその感情の根底にはあって、その答えは僕と彼女が幼馴染だからで、彼女が優しいから。
そう自分の中で理由付けをしたとしても、それでも何故彼女は僕に優しくしてくれたのか?それは僕たちが幼馴染で彼女は優しいから……といつまで経っても訳の分からぬ同じ自問自答を永遠に繰り返してしまい、出口のない迷路を彷徨っている気分を味わっていた。
このまま考え続けていればもう何かが、僕の心を支えている何かが音を立てて壊れてしまいそうだった。
気分を明るくするために失恋ソングでも流そうとスマホを探して、スマホが先程壊れてしまい動かなくなったことに気付き、より憂鬱になる。
「なんだか馬鹿みたいだ……」
何をしても上手くいかない自分に対して思わず嘲笑を溢してしまう。
ただその嘲笑も自分を虚しくするだけだったのでため息を吐くと布団に再度潜り込み、次目を覚ましたら全部夢だったというオチをひたすらに願って目を閉じた。
顔まで覆っていた布団を退かして目を開けるとカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
結局、昨日は一晩中同じことを考え続けてしまいほとんど一睡も出来なかった。
明けない夜はない、明日は明るい日って漢字を書くんだよという言葉にこの時ばかりは裏切られたような気分になって一方的に八つ当たりのようにこの言葉を恨んだ。
心の夜は明けていないにも関わらず、現実の夜は明けてしまったから。
「怠い……」
それでも朝だからと半ば強引に体を起こして顔を洗うべく、部屋を出て洗面所に向かった。鏡に映る自分の姿。
「……酷い顔」
特に傷が新しく付いているわけではない。ただ昨日と比べて顔がひどくやつれていた。顔を流すも脳はすっきりしない。
顔を流しているとはっきりしない頭で喉の痛みを自覚する。そういえば昨日から全く飲食をしていないなと思うと同時に更に空腹感までを突然感じ始めた。しかしこの時間だと母親がキッチンにいるので行きにくい。
自然と僕の部屋に戻るしか選択肢がなくなり僕は部屋に戻った。
「真砂希〜」
するとそのタイミングを見計らったかのように、階下から僕を呼ぶ母親の声が聞こえてきた。
声を出す気力がなかったので黙ったままでいると母親は部屋の前まで来て僕に声をかけてきた。
「昨日の夜から何も食べてないでしょ。朝ご飯、ドアの前に置いておくから。食べなさいよ。……それと辛いなら学校は休んでもいいから」
学校、その言葉でこの後嫌でも詩音、小林と会わなければいけないことに気付く。
母親が僕の部屋の前から去ると僕は呟いた。
「会いたくない……学校に、行きたくない……」
実際に面を合わせたらどうなってしまうのか、ただ漠然とした恐怖があるだけで僕には分からなかった。
じっと虚空を睨みつけて、力のないため息を漏らす。
「どうすればいいんだろうな……」
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