待ちわびる人-08




 翌日、アイーイェの皆に見送られ、レオンは再び北を目指し出発した。

 ドマが1人で住んでいた集落までの道は難なく進み、4日目はドマの家だった建物で一晩を過ごした。


 もうレオンの頭の中に、名前も聞いていないスヴロイの残党など存在すらしていない。

 一方、ジェイソンは密かに分身を残し、哀れにもがく姿を1日ほど見ていた。


 男は喉の渇きから雪を口に含んで更に体が冷え、手足は凍傷で真っ赤になり、次第に黒ずんでいく。

 そのうち幻覚を見て笑ったり、寒いのに暑さを覚え服を脱いでしまう矛盾脱衣により、下着1枚で座り込んだりといった異常行動も見られるようになった。


 全ては低体温症の際に見られる行動だ。

 そのうち万歳をした格好のまま動かなくなり、降りしきる雪の中で息絶えた。


『もしもこやつが恩人殿と関係しているのなら、結末を知っておく事も必要だろう。我が愛しの傀儡は、恩人殿に直接関係がない事柄には総じて慈悲を与え過ぎる』


 ジェイソンは男の惨めな最期をレオンに伝えなかった。


 ドマの家を出発して更に4日歩くと、標高の低い岬が現れた。その先端に、聞いていた通りの灯台がある。


「見えた、あれだ」


『あの場所に何があるというのか……沖には島々も浮かんでおるが』


「ストレイ島も見えるね。多分あれがそうだ」


 レオンが指さす先には、小さな島がいくつか浮いている。その更に奥に大きな島があり、地図ではそこがストレイ島だと記されていた。


 岬が見えてから更に半日歩き、頼りない陽の光もすっかり落ち切った頃、レオンはとうとう灯台に辿り着いた。


 白いコンクリート製の灯台は、高さ15メルテ程。光を発する機構はとっくに壊れていて、ガラスも割れていて既にない。

 ドマも光っている所を見た事がないと言っていた事から、もうずいぶん放置されているのは確実だ。


 レオンは真っ暗な中、貴重な乾電池を入れ、懐中電灯で灯台の周囲の散策を始めた。


「何かあるのかな、戦没者の慰霊碑があるって話だったけど」


『この場を訪れる者がそうおるとも思えぬ。ドマの家を出てからここまで集落もなかった。見渡した限り、北にも往復1日以内でたどり着けそうな集落もない』


「山脈は超えられそうにないからね。それと、歌の通りだととても高く鋭い峰が見えるはずだ」


 野宿はもう慣れたものだが、極寒の夜は長い。レオンは数分散策して諦めた後、灯台の扉が開かないかを確認し始めた。


「さすがに鍵は掛かってるよね。壊しても問題ないとは思うけど……」


『吾輩がよじ登り、割れた窓から入ってもよい』


「助かるよ」


 ジェイソンは灯台をよじ登り、割れた窓から中へ侵入した。数分が経ち、ジェイソンは鍵の束をくわえて戻ってきた。


『扉のものがあるかは分からぬが、試してもよいだろう。風は防ぐことができる』


「うん」


 15本程ある鍵を1本ずつ試したところ、どれも扉の鍵ではなかった。ジェイソンは入れるが、これではレオンが入るのは難しい。


「……もしかして、なんだけど」


『どうした』


「ご主人から貰ったお守り。ご主人が死ぬ前、おれの首に掛けてくれたんだと思う」


『それは今どこにある』


 レオンは首に下げていた小さな巾着袋を取り出し、中から3本の鍵を取り出した。ティアがいつも首に掛けていたものだったが、ティアが亡くなった日、気付けばレオンの首に下がっていた。


 2本目までは入らなかったが、最後の3本目を試した時、なんと鍵が回った。


「え、鍵、回った」


『恩人殿は……なぜこの灯台の鍵を』


「分からん、でもご主人がここを知っとったのはハッキリした」


『ストレイ島を目指していた事は、間違っていなかったという事だな。だとすればエリスの母が恩人殿の親族か姉妹であった可能性も高い』


「うん、入ってみよう」


 さび付いた貫抜を止めていたレバーが動いた。ゆっくりと外して扉を開けると、中は以外にも綺麗だった。


「誰か……使っていたのかな。ガラスも割れてたし、外はボロボロだったのに、中は埃被ってる程度だね」


『汚いが、風をしのぐにはよかろう』


「明るくなったら色々調べたいね」


 レオンは扉のすぐ隣で壁にもたれかかって眠りに就く。朝になり身支度を整えると、レオンとジェイソンは灯台の中の探索を始めた。





 * * * * * * * * *





「海図、すごくボロボロで破れそうだけど」


『ほう、灯台であれば船に知らせる用途であろう。地名も書かれておるな』


 1時間程ガサゴソと漁っていると、この灯台の事がおおよそ把握できた。

 初代の灯台が出来たのは実に600年前。各地の世界的な戦争は終わっていたものの、このランド大陸はその後もしばらく防衛戦をしていた事も分かった。


「慰霊碑は950年前のもので、この灯台は70年前に建て替えられたんだね」


『管理者がいなくなり、周辺の人口も減った事で管理をやめたのだろうな』


「そうだね。灯台のこと、本当ならストレイ島との往復の船の目印、付近が浅い事の警告……あの島がストレイ島なのははっきりしたね」


『集落の名も書かれているようだが、古すぎて読めぬな。もう少し新しいものはないのか』


「この海図だって100年前だからね……。ドマさんが生まれた頃には光っていなかったっていうから、もしかしたら建て替えたけど使わなかったのかな、一番新しいものは建替えの資料が最後」


 灯台が風力で動いていた事も分かった。レオンは円柱状の狭い灯台内の壁に張り付いた階段をぐるぐると登り、灯台の明かりを確かめる。


 ランプは年月のわりに綺麗であり、シートが掛けられていた。シートをはぎ取るとランプは真新しいままで、電力さえ供給できたなら、すぐにでも光を放ちそうだ。


「風力、って書いてあったよね。装置動くかな」


『外に羽が欠けた風車があった。あれではないか』


「動かしてみよう」


 レオンは灯台の外に回り、丸鋼の風車止めを外す。すると風車はぎこちなくキイキイと軋みながらも回り始めた。


「風が強過ぎる時は止まるんだって」


『詳しくは分からぬが、灯台の明かりが周囲を照らし始めたぞ』


「うん、やったね」


 朝になっても薄暗く、水平にくるくる回る灯台の光はよく目立っている。

 付近には光を放つものが一切ない事もあって、かなり遠くからでも分かるだろう。


「灯台は直った、そしてあの鎮魂歌は……慰霊碑に何かあるのかも」


『それならば、外に石碑があった。このすぐ隣に浜へ下りる獣道もあった』


「行ってみよう」



 外には古い石碑があり、表面には文字が彫られているものの、長年の潮風に曝されてもう殆ど判別不明だ。


「これ、灯台の中にあった資料で何が書いてあるか読めたね」


 ストレイ島は戦火の中、ランド大陸侵攻の拠点に使われた。ストレイ島を追われた者達がこの浜から上陸し、住民と共に兵士達を食い止めたという。

 その際に多くが亡くなり、ストレイ島出身者も埋葬された。それがこの地であり、灯台はその上に建っているとの事だった。


「ご主人、何でこの鍵を持ってたんやろ。残りの2本は、何?」


『どこかに開かぬ扉がないか』


「探してみる」


 灯台の中が綺麗なのは、もしかするとストレイ島の者が管理していたからなのか。

 灯台を使う事はなかったようだが、灯台はきちんと機能しているし、荒らされてもいない。


『鍵を持っているという事は、中に入る用事があるという事であろう。もう1度何か探さぬか』


「うん、探してみる」


 独立峰が近く、夏には太陽も峰の先に昇りそうだ。この位置がエーテルの民謡が表す場所である事は間違いない。


 ティアがなぜレオンにこの鍵を託したのか、その理由はどうしても知っておきたい。レオンはティアの痕跡がないかとありとあらゆる場所を再度捜索、その時ストレイ島の島民が残したであろう日誌を発見した。


 小さなベッドの下に引き出しがあったのだ。


「海が荒れ、船は3日遅れ……」


『いつのものだ』


「日付、15年くらい前だね」


 その日誌を読むレオンの顔色が次第に曇っていく。日誌を閉じたレオンは呆然とした目で呟いた。


「ご主人を、売った奴の日誌だ……」

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