待ちわびる人-07
エリスが大人と一緒にペンダントを取りに戻った。レオンの意図するものが分からず、皆がレオンの言葉を待っている。
「エリスの母のひと、アイーイェを目指しとったよね。ドマさんがアイーイェを目指すように言ったんかなって」
「儂が出会っている可能性があるというのか。確かに、北部から移住してくる者達が詳細な地図を持っていたわけではないし、集落の場所も知らなかった。海側を通っていたなら出会っていたかもしれん」
『ストレイ島で何と言われておったか……何屋だったか、思い出せぬ』
「えっと……アリー、布屋のアリーだ」
オロキが両親を失ってから、ドマは集落を離れる事がなかった。エリスが母親と共にスヴロイ付近までやって来たのは、それから5年後の事。
そこから更に6年が経ち、ドマの記憶も曖昧になっている。
「幼児を連れた女なら印象に残っていると思うんだが……」
「故郷が同じなのは間違いない。エリスの母のひとが手帳に書いていた歌は、ご主人の故郷の歌だった」
『本当にストレイ島から来ているのなら、あの集落付近を通っておるだろう。まさか山脈を越えたとは思えぬ』
「レオンさん、そのご主人さんの写真はないのかい。ご主人さんはいつストレイ島を離れたのかい」
レオンはティアの写真を何枚か手帳から抜き、ドマに見せる。同時にエリスもペンダントを持って戻って来た。
「これ、おかあさん」
「有難う、ちょっと見せて」
丁寧に預かり、そのペンダントをドマに渡す。2つが撮られた時期はそう何年も違わない。
「確かに、ご主人に似てる。別人だと分かるけど、とっても似てる」
『この場では偶然と思えぬな、血縁者であろう。そしてエリスは恩人殿の事を見聞きしておらぬ。恩人殿はエリスが生まれる前には既にストレイ島を出ておるのだな』
レオンとティアが撮られたのは7年前、エリスと母親が撮られたのも、写真のエリスの背格好からして6~7年前だ。
生活の厳しさのせいか、どちらも化粧は殆どしていない。つまり化粧の雰囲気で似たのではなく、同年代の女性として顔そのものが似ているのだ。
「ほう、確かによく似ておるの。儂らが移住を決める前から合わせ、もう100人以上を迎えては見送った。よく覚えてはおらんが、子連れの女も数人はおったと思う」
「その中にエリスの母親がいたのかもしれませんね。レオンさんのご主人には心当たりがありますか?」
長の問いかけに、ドマは首を横に振る。
「……1人旅の女は流石に見かけていないんだが」
「ご主人、騙されて売られて金持ちの召使いになった。誰かが連れて行ったはず」
ドマが1人で集落に残ったのは、およそ11年前だ。ティアがそれ以前に集落を訪れ、別の家に泊めてもらった可能性もある。
残念ながらジェイソンが調べても、ドマの記憶の中にティアと出会った記憶はなかった。ただし、エリスの母親とは出会っていた。
ドマはどの旅人がエリスの母親だったか思い出せずにいたが、ジェイソンの言葉にエリスの表情は綻んだ。
「ジェイソンちゃん、お母さんのこと、教えて欲しいの。おかあさん、どんな事をしてた?」
『……吾輩をちゃん付けで呼ぶのは貴様くらいだが、まあ良い。この者に空き家の1つを使わせてもらい、櫛で髪を梳いておる。まだあの集落の家々が朽ち始めておらぬ頃だな』
「確かに、訪れる者には空き家を使わせておった。必要な物は持って出たままスヴロイに奪われておるし、持ち主はもう戻ってこないからな。好きに使って貰ったよ」
ドマはエリスの母親を覚えていないながらも、当時の集落の様子などを補足していく。エリスは山羊がいた事を思い出し、そういえば、そういえばと、幾つか母親との思い出を取り戻していた。
「有難う、レオンさん、ジェイソンちゃん。私、おかあさんとの思い出が殆どなかったの。だけど幾つか思い出せた。もっと思い出せるのかもしれない。なんだか、恩返ししたいのに私ばっかりしてもらってるね」
「役に立てたのならよかった。おれもエリスの母のひとがご主人の手掛かりになって、とても助かったよ。そういえば、エリスは字が読めるのかな」
「うん、字と計算はスヴロイで習わされた」
「じゃあ、エリスの母の手帳にある歌、どれか覚えていないかな。おれが知っている歌は1つしかないんだ」
以前、アンガウラで民謡の詩を考察して貰っている。ただ、それはティアが民謡を分かりやすく書き直したものであり、更には旋律も不明だ。
エリスは幼い頃の記憶にある詩の一節から、覚えている部分を歌う。
「……ご主人が歌いよった時、同じ旋律だったと思う」
「ほんと? ご主人さんはどんなふうに歌ってた?」
「おれ、何度か聞いただけで、覚えきれんかった。でも、同じ歌なのは分かる」
ティアが書いた詩と元の詩は、やや異なっている。それは使う言葉だけでなく、意味を変えていたり、伝える対象を変えていたりもした。
総じてティアの詩は優しく、望郷の念を抱かせるものになっている。レオンのために作った歌を除けば、全ての詩にエーテルの海やそこに生きる人々、厳しい生活にも感謝する畏怖の念が織り込まれている。
「エーテルの場所を探す時、南のアンガウラ村で色々と調べて貰ったんだ。日が沈む西岸の様子を綴るのが多いって」
『しかし、それは恩人殿が書き直したものであったな』
「では、元の詩を考察して、もっと具体的な位置を特定できないでしょうか。ご主人さんの苗字と同じ名前の島だからと言って、そこが故郷とは限りませんし」
「そっか。じゃあ、みんな考えてくれる?」
「是非とも!」
レオンの歓迎会は、自然な流れでエーテル民謡の考察の場に変わっていた。ティアの詩と元の詩を比べ、エリスが覚えている部分を歌い、その会合は1時間程続いた。
* * * * * * * * *
「とすると、この槍というのは……山頂が尖った独立峰の事ですかね」
「光の帯というのはオーロラの事で間違いない。神の吐息というのは北風か。北風が春を押し戻す……エーテルの場所は、少なくともこの独立峰の南だ」
「怨恨の火も消えようって部分だが、元は英霊は眠りについた、となっている。何か大きな戦の事を、分かりやすく個人の仲違いに置き換えているようだ」
「英霊、大きな戦……雨上がりに虹が出た、躊躇わずに見に行こうよ?」
「祈れ、見上げよ、讃えよ……オーロラを? いや違う、この歌は鎮魂歌なんだ。死んだ者への歌だから」
アイーイェは中規模の集落だが、大陸の歴史はまとめられ、語り継がれている。世界戦争の折、南部の様子はどうだったのか、侵略者はどこまで来たのか。
本来の民謡の詩にそのような地域の背景を重ねる事で、解釈はより一層深まっていく。
「ご主人さんの詩は望郷に置き換えているから、描写から推測するには役立つけど、背景を知る事でどの付近かを絞るには古来からの民謡と合わせる必要があるね」
「英霊よ、静かにお眠りください、独立峰に昇る朝陽を灯にしますから、って事か」
「北の……侵略者を押し返すために戦った場所、北部で一番犠牲者を出した岬があったよね」
「朽ちた灯台のある所だな。儂の集落からまだ5日は歩くが……」
「あの付近は習った限りだと浅瀬がある。船が座礁する危険性はあれど、上手くいけばそのまま上陸出来る。その結果、防衛戦で大勢が死んでしまった」
「待って! 灯す、闇に咲く光、これってまさか、その灯台の事?」
「その灯台が、エーテルの手掛かり……」
どれも文脈から推測しただけだ。しかし、複数の詩が灯台の存在を示しているようで、実際に北の海岸沿いには灯台があるという。
「疎遠を誓って数年……エーテルを出て、3~5年ってところかしら。この歌を作ったのがいつか分からないけれど」
「ご主人が召使いから抜け出せた時に作ったのかも」
「灯台、独立峰……ストレイ島も近い。ある程度地域は絞れた感じがしないか」
『レオン、行って戻れぬ場所ではない。その灯台まで向かってはどうか。もし分からなければまた戻って考えればよい。7年、7年も探し続けたのだぞ』
「そうだね、今更1週間や2週間を惜しむ事もない。行こう」
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