待ちわびる人-06




 * * * * * * * * *





「そうか、あの峰の付近に置いてきたか」


「うん。這い上がれたとしても、降りては来られない」


『もうじき日が暮れる。気温も下がってくるだろうからな。一晩を過ごせたところで喰らう糧もない』


「まあ、水は氷でも口に含んだらいいし。体温も下がるけど仕方ないね」


 ドマの依頼をこなしてアイーイェに到着した頃、ちょうどジェイソンの分身が率いていた山羊達もアイーイェに到着した。


 最近の始末屋家業としては一番それらしい依頼だった事もあり、レオンも自分の働きぶりには満足している。


 ただし、男の持ち物は僅かで、持ち金も金貨紙幣が2枚、銀貨が十数枚、銅貨が6枚だけ。往復14日に山羊の引率、登山まで数えると、1人と1匹の労力の割にはあまりにも実入りが少ない。


「レオンさん、意地を張らずに受け取ってくれんか。代金じゃない、あんたへの謝礼だ」


「俺も爺ちゃんと再会出来たんだ。真っ当に生きるこんなにして貰ってばかりじゃいられない」


「これでアイーイェの発展の障害も消えたんだ。レオンさん、感謝の気持ちを受け取ってはくれないかい」


 何かを代行する事を生業とする者は存在する。中には暗殺者や美人局、潜入者など危険と隣り合わせの者もいる。そして、ほぼ全員が大金を要求する。


 なぜかなど考えずとも答えは簡単。金の為に危険な事をしているからだ。


 一方、レオンは金を稼いで何をしたいわけでもない。始末屋は金を稼ぐ手段ではあれど、目的ではない。

 旅をしてティアの故郷であるエーテルに向かう。その為に金が必要というだけである。


 金がない奴に用はないという姿勢の前者に対し、レオンは被害者から金銭を一切受け取らない。義賊とも呼ぶべき姿勢に、ドマ達だけでなく過去レオンに依頼した者達は心から救われてきた。


 だからこそ、気になるのだ。レオンはそれでのいいのかと。


「感謝の気持ちは貰っとく。だけど、おれは依頼者からお金貰わんっち決めたと。迷惑かけられて、お金盗られて、大事なひと殺されて、正しき者が更にお金払わないけんのはおかしい」


『吾輩もレオンも、生きていくに十分な金は得た。あの男の持ち金もしっかり奪っておる。我らは悪党から金を取る。なぜ貴様らから取らねばならんのだ』


 レオンは自身の信念に基づいて行動している。金を貰うのを我慢している訳ではない。


 なぜ苦しんだ被害者が更に金を出し、被害以上の損をしないといけないのか、本気でそう思っている。悪人に全てのツケを払わせ、被害者が救われ「有難う」と認めてくれたならそれでいい。


 しかし、助けられた方は有難うございましただけでは済まない。申し訳なさを感じ、せめてものお礼をしたくなるものだ。


「儂らはあんたに助けてもらった。死んだ者らも、少しは浮かばれたはずだ。だが、儂らだってあんたの役に立ちたいんだよ。あんたの正義に、儂らの力は不要か」


「俺達の謝礼を、レオンさんが今後悪人を裁く時の力にして欲しい。俺達だけ助けてもらって、レオンさんが助けて貰えないのは違うと思う」


 オロキの言葉に、レオンの心は少し動いた。

 それは、何かを貰いたいという欲ではなく、オロキの発言そのもののせいだった。


「おれ、やっぱりオロキを助けてよかったって思った」


「え? 俺?」


「やっぱりオロキは正しい者になれた。ならず者だったらそんな事絶対に言えない」


「そ、そうかな……」


 オロキは恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。


「じゃなくて! レオンさんだって、恩人のティアさんに助けてもらって、その恩返しをしようとしているんですよね? 俺達も一緒です。恩返しさせて下さい」


「レオンさん、アイーイェ総出であなたを歓迎しますよ。オロキもエリスも他の子も、恩返しをしたいんです。勿論、長である私も」


『謝礼ではなく、恩返し、か。成程、レオンがしている事と同じだと』


「そうです、その通りです」


 ティアの為に何かしたい。それと同じ事だと言われ、レオンはようやく頷いた。


「じゃあ、とりあえずレオンさんは荷物を置いて、冷えた体を温めて来て下さい」


「温泉に入っている間に、食事を用意しておきますよ」


「分かった、有難う」


 歓迎された事はあったが、恩返しと言われてもてなしを受けるのは初めてだ。有益な情報以外に物や待遇での報酬を貰った事はない。


 久しぶりの温泉を堪能し、足を伸ばして寛ぐと、レオンはこれまでの旅の事を思い出していた。


「そういえば、おれはご主人に服や靴を貰って、食べ物も貰って、優しくしてもらって、ならず者から守ってもらって……」


『恩人殿を主人と決めた頃の話か。今思えばよくレオンに声を掛けてくれたものだ』


「ははは、ジェイソンが可愛いから、きっと何かくれるって思ったんだっけ」


 ティアの事を思い出すと、レオンはいつも穏やかな表情を見せる。


 そして、ティアがエーテルに帰りたいと言っていた時、どこにあるのか、なぜ帰るのか、それを聞くだけの知恵が何故なかったのか。


 そこまで考えて、ため息をつく。いつもそうだ。


「ねえ、ジェイソン」


『どうした』


「……おれの事、いつか話してくれたよね」


『レオンと吾輩の事か』


「うん。おれ、一度死んだって、言ったよね」


 レオンはピッピラ村を出た当時、外で生きる者として選ばれたと聞いていた。その後、レオンが成長した時にジェイソンから真実を聞かされた。


 それは、レオンを利用しようとする者や傷つけようとする者、手強い悪党と対峙するうち、ジェイソンがレオンを操らなければならない事態も多かったからだ。


 レオンの記憶にないまま、事態が片付いている。繰り返されるその状況を誤魔化し切れず、ジェイソンは真実を明かした。


 もしもそこでレオンが拒否をしていれば……レオンはその瞬間に死んでしまう。ジェイソンにとっては賭けだった。


『今のレオンは生きておる。死体は成長などせぬものだ』


「おれ、ジェイソンに恩返ししてない」


『言ったであろう。我ら魔族は獣人族の生命力を糧にしておると。魔族が強い個体になるためには、獣人族の生命力に寄生するのが必須だ。今この瞬間も、吾輩はレオンの恩返しを受けておる』


「ジェイソンは、強くなったら……どうする?」


 ジェイソンの成長は、レオンの成長に比例する。やがてレオンの成長が止まればレオンに用はない。

 ドワイトと共にいたハロルドのように大きく成長したなら、魔族としては一人前。そうなった時、レオンはどうなるのか。


 レオンは自分が死んでしまう事よりも、成長しきってジェイソンの目的が果たされ、エーテルに辿り着く事なく死ぬ事が何よりも恐ろしかった。


『レオン。魔族を見くびるでないぞ。吾輩はそのような薄情な真似をせぬ』


「うん、それは分かってる」


『我が愛しき傀儡よ、我が悲願は間もなく達成される。その瞬間は貴様と迎えたいのだよ』


「うん」


「レオンさーん、大丈夫ですか? 露天風呂で寝ていませんか?」


 話し込んでいると、長風呂を心配した集落の者達が呼びに来た。慌てて返事をし、ティアから受け継いだ懐中時計を見たところ、もう1時間近く経っている。


 ゲストハウスに向かってすぐ、レオン達は豪勢な食事を振舞われた。鶏の丸焼き、じゃがいもの素揚げ、焼き立てのパン、コーンスープ。


「美味しいです、前回も食べさせてもらったけど、他所の濃い味より好きだ」


「そうですか、それはよかった! 他に我々に出来る事はありませんか? 何でもとは言えませんが、出来る事なら喜んで。とりあえず何でも言ってみて下さい」


 レオンが物を強請ったのは、山形鋼を買ってもらった時だけだ。他にあるとすれば……。


「ご主人に会いたい。おれは……ご主人との約束を果たすためにここまで来た。会えないのは分かってるけど、せめて約束は守りたい」


 レオンの願いは、さすがに叶えられるものではない。それでも皆は何か出来ないかと知恵を出し合う。


「ねえ、ジェイソンちゃん」


『ジェイソン、ちゃんだと?』


「わたしのお母さんの顔、ご主人さんに似ているんだよね。もしかしたらわたしもストレイ島から来たかもしれないって」


『ああ、確かに言った』


「ご主人さんは歌が上手で……」


 エリスの話を聞いて、レオンはハッと思い出した。


「……エリス、持ち物の中にお母さんの写真、なかったっけ」


「あったよ! 探してたらペンダントの中に写真が入ってた」


「おれとドマさんに見せてくれないか」

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