復讐の大地-11
* * * * * * * * *
「レオンさんも、親がいないんですね」
「うん。おれの事も、森の外にあった村の人族が矢で撃って殺そうとした」
『吾輩が駆け付けなければ、レオンはこうして蘇る事も出来なかった』
「その村は、どうなったの?」
「ちゃんと滅ぼしたよ。何も悪い事していない正しい者を襲うのはならず者。この世にいてはならない存在だから」
『その程度の常識と倫理観も備えず、やってはいけない最大の禁忌をも犯すのは、もはや言葉を理解できぬ畜生に等しい』
レオン達はそれぞれの生い立ちを語り合った。エリスとオロキは覚えている事が限られていたものの、ジェイソンが大まかな事を探り尽くした。
オロキは故郷が過疎化、両親と共に別の集落で暮らそうとしていた時、スヴロイに騙された事。
エリスについては父親は早くに亡くなり、母親がアイーイェを目指していた事、その後はオロキが言っていた通りだった。
「レオンさんもオロキくんも、エリスちゃんも……壮絶な過去を背負っていたんだね。可哀想に、こんな可哀想な目に遭わせるなんて」
「可哀想は正義じゃないよ」
「え?」
「可哀想かどうかと、正しいかどうかは関係ない」
『例えばだ。泣いている者がいた時、そいつが悪事を叱られ泣いているのか、親を殺され泣いているのか。自身の反省の涙、泣き真似の場合もある』
「そう、可哀想を判断基準にすると騙されるよ」
まだ若いレオンに指摘され、長はバツの悪そうな笑みを浮かべる。
「それより、ジェイソン」
『ああ。驚いた、エリスの故郷はストレイ島かもしれぬ』
ジェイソンはエリスの記憶の中から、とても重要な事を発見していた。ジェイソンが「ストレイ」と言った時、オロキとエリスがあっと短い声を上げる。
「そうだ……ストレイ島はもうだめとか、言ってた気がする」
「わたしのお母さん、布屋のアリーって、お父さんは覚えていないけど、お母さんはいつも服を作っていた気がする。そうだ、集落の人、全員苗字がなかったのかも」
『どうやらそのようだ。集落が小さく、交流も活発ではないから姓を名乗る必要がなかった。少なくともエリスの母親は、島の外に出た後で便宜的に島の名前を苗字にした』
ストレイ島の存在、ストレイ姓の存在、そして、ティアとよく似た顔の女性の存在。その女性はなぜ島を出たのか。残念ながら、ジェイソンは記憶の中にいる本人以外の人物の身上までは探れない。
「エリスのお母さんは、どうして我々の集落を尋ねようと思ったんだい?」
「覚えてない、ただ島を出ようって話しかしてなかった気がする」
「ちょっと、待って下さい! ストレイ島とアイーイェは何か繋がりがあるんですか?」
「え? いやあ、無いと思うけれど」
「じゃあ、エリスのお母さんは何でアイーイェの存在を知っていたのかな」
レオンも長も、遠く離れた小さい島の住民が、なぜ小さなアイーイェの集落を知っているのか分からない。いずれにしても、レオンが次に目指すべき場所は決まった。
「オロキの両親を殺したのはスヴロイの者だね。近くを通った旅人を襲ったり、騙して連れてきたり……」
「アイーイェに他の集落から移住した者がいない訳ではないんですが、全員が内陸側出身ですね」
「アイーイェを目指していたんじゃなくて、内陸の町を目指していて、地図にアイーイェが載っていたから知っていたのかも」
途中の集落ではなく、ストレイ島から南下してスヴロイ付近まで歩いたのなら、何か目的があったのだろう。
オロキに「アイーイェに向かう」と言っていた事からも、最終目的地が違ったとしても存在は知っていた事になる。
『今となっては分からぬ事だな。レオン、幼子を連れた女が歩けるなら、我らが向かうのは容易ではないか』
「うん、行こう」
レオンは長に礼を言い、倉庫の中にある物品を10年くらいは保管して欲しいと伝えた。その約束が守れているかいないか、数年後にレオンが再び訪れたなら分かる事。
長は必ずと言い、住民にもよく言い聞かせると約束した。
「ねえ、レオンさん。その中にお母さんの形見とかないのかな」
「俺の両親のものが何かあるかも」
「そうだね、あるかもしれない。覚えているものがあったら教えて」
2人と長を引き連れ、レオンは再び倉庫へと向かう。扉を開けた中にあるのは全て遺品だ。オロキとエリスは床の上に置かれた遺品を見て回り、僅かな記憶と結びつけようとする。
『衣服や日用品はスヴロイで使用され、残っておらぬだろう。金になりそうなものも、定期的に売っておるはずだ』
ジェイソンが記憶の中に存在したものかを探り、オロキとエリスが必死に思い出そうとする。魔族とはいえ、レオンに影響され子供には優しい。
レオンは腑抜けたのは誰だよと笑いながら、何の気なしに遺品を眺める。
「ほんと、身包み剥いで奪ったんだな。これは化粧品かな」
床の上に置かれた遺品の1つを手に取る。その横には手帳があり、字が読めるようになって以降得意げなレオンはそれを調べ始めた。
「わたしは海に感謝する わたしは土に感謝する わたしは天に感謝する わたしはとうさまかあさまに感謝する……これ、歌かな」
レオンが開いた手帳には、スープの作り方メモ、何かの寸法、人名などが書かれていた。それと同時に、幾つかの詩も書き留められている。
「雨上がり 架かる虹を思う 祈れ、見上げよ、讃えよ、心になきものを映す光の帯を……」
「あ、それ聞いた事がある」
「えっ」
エリスの耳が、レオンが音読した声を拾った。エリスはお母さんが歌ってくれたものだと言った上で、覚えている数小節を歌って見せる。
「雨上がり、ふんふん~、ふんふん~……」
「え、ちょっと待って」
『恩人殿が歌っていたものと同じではないか! いや、言葉は違うが旋律は同じだぞ』
「ど、どういう事?」
レオンは鞄の中からティアの手帳を取り出し、それを長に見せた。雨上がりの虹を歌う歌は、言葉こそ違うものの、内容は同じだった。
「民謡として歌われていたものを、レオンさんのご主人さんが書き直したのでしょう。難しい言い回しや、地元民でなければ分からない部分を興行用にしたのかもしれませんな」
「じゃあ、この詩って」
『ストレイ島の民謡で間違いない。そして恩人殿はこれを故郷の歌だと言ってレオンに教えた』
「ご主人の故郷だ! エーテル村だ!」
地図を見た限りでは、ストレイ島の集落は2つあった。エリスが覚えていないとしても、そのどちらか1つがエーテルという名に違いない。
「ご主人と似てるって、もしかし姉妹なのかな、エリス、何か聞いた事ない? 悪い商人に騙されて売り飛ばされた姉とか、知らん?」
「わ、わたしは会った事、ないかも」
「……そっか、ご主人がエーテルを出たのは10年以上前なんだよね」
これ以上の情報は期待できない。しかし、これ以上ない程の情報だ。レオンは手帳をエリスに渡す前に詩を書き写し、自身の手帳を大切そうに鞄へとしまった。
オロキの故郷の情報はないものの、故郷から船に乗った覚えはないという。オロキの故郷はストレイ島ではないようだ。
「おれ達、行ってくる。ストレイ島に」
『今どうなっておるのかは分からぬが、もう駄目だと言ったのなら何かしら事件があったのやもしれぬな』
「行けば分かるんだ。みんな、元気で」
レオンはオロキへと視線を向け、しっかりと見つめる。
「正しく生きろ。罪の意識があるのなら、持っているだけじゃだめだ。エリスが正しく生きる助けをしろ」
「分かりました。エリスの親の代わりに、俺が面倒を見ます」
「うん」
長にはみんなを助けて欲しいと伝え、レオンは夕暮れも迫る時間にも関わらずアイーイェを後にした。
「ご主人を売り飛ばした奴がまだおったら、おれが始末する」
ようやくティアの故郷へとたどり着く。レオンはその場に留まってなどいられなかった。
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