復讐の大地-09
「あいつら、何かもっと酷い事しとった? それともこの中に返せるものがある?」
『自身が売られるのではと怯えていた女児がいたな。あやつ、売られゆく者を目にしていたようだぞ』
「人攫い? もしかして、襲うだけじゃなくて」
『どうしようもなく金に困っていた頃、近隣ではなくわざと遠くの集落へ出向き、良い仕事があると騙して何人かを連れてきては人買いに渡していた』
レオンもジェイソンも、襲った者を殺したとばかり思っていた。実際にこの場にあるのは全てが遺品であり、存命の持ち主はいない。
しかし、スヴロイの本来の目的は金だ。殺しはなりふり構わない彼らの手段の1つに過ぎない。
そしてスヴロイという集落の名を知らない遠い集落から集められた者達は、どこの誰に騙されたのかも分からないまま、遠い土地に売られていく事になる。
「おとなが人を攫って売り飛ばすのを見てたから、自分もそうされると思って怯えていたって事?」
『……それだけではない。我らが小屋に戻る時、寂しさと不安から歌っておった。レオンが習った歌と似ておったから、気になっていたのだが』
「えっ……」
『あの子供は、恩人殿とつながりがあるぞ』
ジェイソンの言葉を聞き、レオンは鬼の形相で扉へと振り向いた。そのまま駆け出し、扉を壊さんばかりに引こうとする。
『待てレオン! あやつは黙っていたのではない!』
「正しい事をしなかった! エーテルとご主人を知っていたのに言わなかった!」
倉庫の扉を開けようとするレオンの前に、ジェイソンが増殖して立ち塞がる。
「ジェイソン、腑抜けたか! あいつは正しく生きると誓ったくせに、悪事を喋らなかった! 小さいひとでも許したらいけん!」
『落ち着け、奴はレオンの探し人と同じだと気付いていないだけだ! せっかくの手掛かりを殺すつもりか!』
ジェイソンがレオンを取り押さえる。ジェイソンはレオンを誰よりも何よりも大切にしているからこそ、正しくない行いを止めようとしていた。
「はなせ!」
『女児は覚えていなかったのだ。自身が売られるかもと考えた時、昔の記憶をよみがえらせた。そこに浮かんだ顔は恩人殿の顔のようだった。まずは女児に話を聞け、それからでも遅くあるまい』
ジェイソンは興奮したレオンを宥め、5分程そのまま押さえつけていた。レオンの興奮が収まった頃、ジェイソンはようやくレオンの拘束を解いた。
『その命、吾輩が握っている事を忘れておるまいな。吾輩にそなたを殺させてくれるな』
「……」
『吾輩も知りたいのだ。レオンの恩人殿は、吾輩にとっても庇護の対象となる。なぜ恩人殿と繋がっておるのか、見極めなければならぬだろう。分かるな』
「……分かる」
『怒りや欲望のままに動けば、そなたは畜生に成り下がるぞ。吾輩は畜生は飼わぬ。正しい事をしろ、恩人殿に育てられた誇りを捨てるな』
「分かった」
レオンが話を聞く気になったと判断し、ジェイソンはゆっくりと数を減らした。窓から差し込む光は雲に遮られ、室内の温度が下がっていく。
『あの女児、他の人族の齢と比べるなら7,8歳であろう。レオンの旅が約7年前に始まった事を考えると、恩人殿と直接会っている可能性は低い』
「じゃあ、何でご主人の事を知っとるん」
『……あの女児、恩人殿の身内ではないだろうか』
「えっ」
『恩人殿の齢は、旅の途中で23歳と語っておった。それが7年前の事。今生きておれば30歳になる』
「その時、あの小さいひとの女は0歳やん。ご主人と関係ない」
ティアの姉妹という歳でもなく、ティアの子供である可能性も低い。実際、ティアは旅の途中で実子の存在を語った事もなかった。
少女が8歳だとしても、ティアはその数年前から金持ちの召使いとして働かされていた。やはり顔を合わせた可能性は低い。
『だが、恩人殿に姉妹がいた可能性はないか。あの女児、恩人殿によく似た顔を覚えておったぞ』
もしそうだとしたら、スヴロイから連れてきた女児はティアと繋がる唯一の生存者かもしれない。レオンはゆっくりと立ち上がり、大きく息を吐いた。
「話、聞きに行こう。ジェイソン、感情も考えも読めるだけ読んで教えて。おれはご主人との約束を果たすためなら何でもする。何でもしてきた」
『母親の存在を知るためなら、柱で縛り付けた者らに拷問を加えても良いかもしれぬな』
「……それなら、先にスヴロイに行こう。どうせ全員2,3日も長生きしない。死ぬ前に聞き出す」
レオンは倉庫から出てスヴロイまで急いだ。平坦ではない獣道も、レオンとジェイソンなら何の障害にもならない。
「ジェイソン」
『何だ』
「ありがと。おれを止めてくれて」
1時間も掛からずに戻ったレオンは、柱に括りつけられた住人に声を掛けた。
「ごめんください」
「あ、あいつが、も、戻ってきた! は、反省したから、どうか、縄を……」
「7,8歳くらいの、赤い服をきた小さいひとの女、母親はどこにいる」
「こ、子供の……母親を教えたら解放してくれるのか!」
「返答次第」
レオンは解放するともしないとも言わず、誰かが答えるのを待っている。ここにいない子供で7,8歳の少女は1人しかいない。
「え、エリスのことか」
「名前は知らん、その母親は」
「あ、あいつの母親は……」
「言うから下ろせとか言うつもりなら用はない。別に答えるのはお前じゃなくてもいい」
レオンは柵の付近の土を払い、腰を下ろした。約100人の中には、既にぐったりとして動かない者もいる。レオンと同じくらいの年の男がレオンをじっと見つめている中、ジェイソンは心を読み取っていく。
「あ、あの子の母親はいないわ!」
「こ、殺して海に投げ捨てた。あの子はその時2,3歳だった。どうせ記憶もねえだろうし、育てて大きくなれば集落で子を産む役目を果たせるから生かした」
「他にそういう子供は」
レオンが連れて行った子の中で、他所者はエリスのみだという。しかし、柱に括りつけられた者の中にはもう1人だけ他所者がいた。
答えたから解放しろという声を無視し、レオンはその他所者に声を掛けた。
それはレオンをじっと見つめていた男だった。気温が低いせいで、まだモルタルは乾ききっていない。レオンは近寄る事はせずに声を掛けた。
「おまえ、どこから来た」
「……」
「死ぬ前くらい、正しくなれないのか」
「……ねえよ」
「何」
「覚えてねえよ、んな事! だからこの集落で生かされてんだろうが、分かってる事をいちいち聞くんじゃねえよ」
男はレオンに憎しみを向け、牙を剥くように答える。レオンはハァとため息をついた後、1つの半壊状態の小屋へと向かった。
『あの者、己がどこの出身かを知らぬようだぞ。だが、故郷の風景や人の事は微かに覚えておる』
「そっか」
『あの者、女児の母親を覚えておった。怒りが激しく、心が乱れておってな。それ以上は探れぬのだ』
「うん」
レオンはジェイソンの話を聞きながら、小屋のドラム缶を1つ丸ごと抱えた。200リットル入りのものを運ぶ怪力に、住民達は開いた口が塞がらない。
「な、何を……まさか」
「やめろ、止めてくれ! 中身は油だぞ!」
「うん」
レオンは乾ききっていないモルタルの上に油を注いでいく。届いていない場所もあるが、型枠の隙間から油が漏れる様子を見て、息のある者は震えあがった。
「まさか……いやあー! 助けて! 助けて!」
「ジェイソン、これでダメだったら、諦める」
『分かった』
レオンはライターを取り出し、漏れ出した油に火をつけた。火はあっという間に柱の根元を覆い、じりじりとならず者の足元に迫る。
「……駄目みたいだね」
『残念だ』
最後にもう一度だけ他所者の男に視線を向けた後、阿鼻叫喚の地獄と化した空き地に背を向け、レオンはその場を立ち去ろうとする。
その背後で、悲鳴を掻き分けるように良く通る叫びが木霊した。
「仕方ねえだろ! 俺のせいで……あいつの母親は死んだんだぞ! 死んで詫びるしかねえだろうがよ!」
レオンは足を止め、その横をジェイソンが駆け抜けた。ジェイソンは数匹に増殖して柱に括りつけられた者達の頭を足場にし、男の柱の縄を食いちぎる。
男はモルタルの上に落ちたが、炎で熱せられたおかげか、モルタルは既に乾いていた。しかし辺りは悲鳴と炎に包まれ、人が焼け始めている。
「お前、償いもしないで死んだら許されるつもりか」
レオンの言葉に、男はびくりと肩を震わせる。
『走れ』
「走れ! 来い!」
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