復讐の大地-08
「う、嘘だろおい、おいっ!」
「いやぁぁぁっ! このままで置いていくなんて!」
「悪かった、許してくれ! ここから降ろしてくれ!」
レオンは柱に括り付けた者達を放置し、その場を後にする。「こいつらは旅人を襲って殺し、金品を略奪したヒトデナシです」と書かれた木板が朽ちても問題はない。
その頃に新たな旅人が来たとしても、誰1人として生き永らえてはいないからだ。
村の3割ほどの家屋はまだ残っている。
向かった先は、集落の子供8人を待たせている小屋だった。レオンは子供の始末を保留にしていた。
「小さいひと、お前らはどうする」
「ひっ……」
「お前らはならず者の子孫だ。絶やすのがいちばんいい。だけど小さいひとは正しき者になる余地がある」
子供達はレオンが何をしたのかをしっかり見ている。そして、何故レオンが大人達を痛めつけ、柱に括っているのかも分かっている。
2歳、3歳の子供達は泣きじゃくっていたものの、7歳、8歳にもなればレオンの言いたい事も理解していた。
「誰かの大切なものを盗んだ人は、同じだけ損をする。人を殺した奴は殺される。当たり前の事。悪い事だから」
「父さん達、悪い事をしたんだよね」
「うん」
「オレら、ほんとはね、おとな達が旅に来た人を殺しよったの、知ってた」
「うん」
レオンは子供達の反省や将来への可能性を見極めようとしていた。
レオンは、子供がたとえ悪い事をしていても暫定的に人族と見做すようにしている。
時には6歳、7歳の時点で嘘をつき、物を奪い、暴力を振るい、反省せず終始攻撃的な子供もいた。レオンがヒトデナシだと判断した子供もいた。
しかし、大抵の子供は改心出来た。それが長続きするかは分からずとも、ジェイソンがその場では完全に改心していると判断した。
子供は親を選べない。
しかし、どんな将来に進みたいかを描く事は自由だ。親の意見を介入させず、自分がどうしたいかを話せる機会。それをどう使うのか。
レオンは子供達のまっとうに生きたいと願う心を求めていた。
「なんで殺すのって聞いたら、盗んだ物を取り返される、他の集落に言いふらされるって。だから仕方ないって言われた」
「ねえ、駄目なんだよね? おとな達はいいって言ったけど、駄目なんでしょ?」
「うん」
幼過ぎる子供は、まだ親を酷い目に遭わされた事に大泣きしている。赤ん坊はそれすら理解していない。
年長の子供達は、必死に「こいつらはまだ何も分からんから」と言って庇った。
「集落のヒトデナシが強奪したものは、全部となりのアイーイェに運んだ。そこで全部預かってもらったら、いつか元の持ち主の家族が取りに来る」
『吾輩が全て運んでおる。さあ貴様らはどうする。ここに留まり、ヒトデナシ共のように醜い殺しや奪い合いを続けて生きるか』
「正しい者になりたいか。どんなにつらくても、正しい者になる覚悟はあるか」
読み書きできる年の者達は、レオンの真剣な目を見たまま頷いた。
『どのように生きていくつもりか、吾輩に聞かせろ』
「あ、あの、えっと、ひ、ひとに悪いことしない、優しく親切にする」
「わ、悪い事をするひとにね、あの、ね、だめって、ちゃんと言えるおとなになる」
『吾輩に嘘はつかぬな。その言葉に偽りはないな』
「狐人族も魔族も、嘘は許さない。オレ達と約束できるか」
子供達は小刻みに頷く。そこには恐怖心も含まれていたものの、約束を守ろうとする気持ちは確かにあった。
ジェイソンは「誓いを違うなよ」と念を押し、見せていた鋭い爪を隠した。
「もっと小さいひと達が悪い事せんように、お前らがしっかり教えろ。正しいおとなに何が正しいのかを教えてもらえ。出発するぞ」
「ど、どこに? おれ達どこにいくん?」
「アイーイェに行く。小さいひとを面倒見てくれっち頼むけん」
「とうちゃんとかあちゃんは?」
「お前に親はいないと思え。ならず者に頼る奴はならず者だ。親でも子供でも悪い事をしたら罰を受ける。罰を受けても償いきれない時は死ぬしかない」
『貴様の親はそれだけの事をしたのだ。罪なき者を殺した愚者共が誰に許されるのか。貴様は人殺しを許す立場にいるのか』
ジェイソンの言い回しでは難し過ぎる。レオンはジェイソンの言葉をかみ砕いて言い直した。
「盗ったものを返そうにも、死んだ相手には返せない。殺した人は生き返せない。元に戻せないし、許してももらえない。お前らはそんなおとなになるな」
『お前らの目に焼き付けておけ。悪事に生きた愚かな自身の親の姿を。無様な最期を。悪党に成り下がれば、貴様らもあれに加わる事になる』
駆け寄ろうとする幼子を抱きしめ、年長の子供達が「駄目だ」と言い聞かせる。その目には涙が浮かんでおり、大人達は悪人ながら親としての愛情をそれなりに注いでいた事がうかがえた。
「お前らが悪い事をすれば、お前らの子が今のお前らと同じ悲しい気持ちになるんだからな」
子供を引き連れ、赤子を背負い、休憩を取り、おしめを替え、レオンは6時間を掛けてようやくアイーイェに辿り着いた。
「レオンさん! 無事でしたか! その子達は……」
「スヴロイの小さいひと達。小さいひとは、正しく生きる余地がある。面倒を見てあげて欲しい」
そう言うと、レオンは子供達それぞれに金貨紙幣を10枚ずつ握らせた。この村の大人でも、滅多に持っていない程の大金だ。
「お、おにいさん、これは?」
「お前らが正しく生きるために、正しく使え。それはおれがお前らから買った親の値段だ」
『子供らに畑や家畜、それと住む場所を慈悲深い値段で与えてはくれぬか。それと生活が軌道に乗るまで、必要なものは慈悲深い値段で売り与えよ』
「は、はいっ」
狐人族が託した金だ。もし奪うような事があり、再びレオン達が訪れたなら。次に柱に括りつけられるのはアイーイェの者達。
アイーイェの誰もがその恐怖を想像し、何度も大きく頷く。
子供達は不安そうにしながらも、レオンが自分達の事を考えてくれている事は理解できた。
「……スヴロイの子供とはいえ、こいつらに罪はない。養子に迎え入れる程の余裕はないけど、レオンさんの頼みなら、任されますよ」
「うん。エーテル村に辿り着けたら、必ずまたここに戻ってくる。小さいひと、正しく生きて、立派になれ。なんでも達者にやれ」
「……」
『どうした。あんな愚かな親でも恋しいか』
分別のつく年齢の5人のうち、4人は大きく頷いた。まっとうに生きなければ殺される、そんな恐怖心が無かったとは言えないが、決意はあった。
しかし、残る1人の女児は唇が青く、体を震わせている。
「お嬢ちゃん、寒いのかい」
「小さいおんなのひと、どうした」
「……売るって、こと?」
「何を?」
「こ、ここに、あたし、売られたことになる?」
「アイーイェに金貰ってない。お前は売られてない、ここに住むだけ、奴隷にもならん」
『まて、こやつ何か知っておるぞ。貴様、落ち着け、話さずとも良い、今思った事を素直に思い浮かべよ』
ジェイソンは女児が何に怯えているかを読み取ろうとしていた。それが数十秒続いただろうか、ジェイソンは珍しくその場にへたり込んだ。
『……なんと』
「ジェイソン、どうした」
『あの集落、繋がっておったのか』
「何と?」
ジェイソンはアイーイェの者達に「後は頼む」と伝え、スヴロイから持ち帰った遺品を納めた倉庫の鍵をくわえてレオンを誘導する。
「ねえ、何? ジェイソン」
『黙って後に続いてくれ。レオンはあの子供らやこの集落の者の前では、正しくあらねばならん』
「どういう事?」
『良いか、落ち着いて聞け。怒り狂う姿を誰にも見せてはならん』
「何? どうしたん」
レオンは倉庫の鍵を開け、扉を閉めた後、燭台に火をつけた。天窓から注ぐ光は優しく、小屋の中にひだまりを作っていた。
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