復讐の大地-05



 アイーイェの者達に歓迎され、レオンは集落唯一のゲストハウスに通された。と言っても実態は空き家を改造したもの。内陸部からの観光客がいつか来ないかと、迎える準備だけはしていたという。


「この辺りはね、春から夏にかけては薄紅色の花が咲くんだ。土壌のせいか、この集落の周辺にしか咲かなくてね」


「この辺りで一番の高台からは、日の出も日の入りも見る事が出来る。石油は北東の町に頼りきりだけど、温泉もあるし名物料理もあるんだ」


「温泉!」


 レオンの目が輝いた。この反応の良さには皆も嬉しそうだ。


「露天の岩風呂、段差を利用した滝風呂、もちろん室内風呂もあるよ」


「東の盆地は夏になると昼の気温も上がるから、水稲も育つ。寒暖差も大きいから美味い米になる。他所の観光地のように、旅館を建てている最中なんだ」


「だけど、北東の町から2つ村を経由して馬車で5日掛かるってのがね、どうにも不評なんだよ」


 アイーイェの住民は、いつかはアイーイェをこの大陸の人気な観光地にと夢見て、様々な手を尽くしてきた。

 しかしいくら美味しいものを用意し、素晴らしい景色を用意し、温泉を用意し、ゲストハウスまで準備していても、まず交通の便が悪すぎる。


『その話を吾輩達に聞かせてどうしようというのだ』


「まあまあ、その前にアイーイェの魅力を堪能して下さいよ! 温泉にも案内しますし、温泉の後はアイーイェの郷土料理を振舞います。レオンさんが良いと思って下さったなら、お願いしたい事が」





 * * * * * * * * *





 案内された岩風呂は広く、10人や20人訪れたところで何の支障もない程だった。西向きに平原だけでなく、水平線を見る事もでき、眺めも文句なしだ。


 雪の中で冷やした瓶ビールや、集落で収穫した米で作られた米酒を飲みながら寛ぐひと時は、数日を掛けてでも来る価値がある。


 少なくともレオンとジェイソンはそう思っていた。


『良い集落ではないか。吾輩は贅沢や人族が築いた遺跡や建造物よりも落ち着く』


「おれも、温泉があるのと美味しいごはんがあるのは嬉しい。あと、遺跡とか豪華な場所って、気を付けないけん、壊したらいけんっちうるさい」


『これで海に近く、魚が豊富であれば言う事はないのだが』


「海が勝手に味つけてくれるけん、おれも海の魚が好き」


 なだらかな雪原のはるか下方に、海沿いの崖が見える。冬の霞のせいでぼんやりしているものの、晴れた日には10km離れたスヴロイの家々が見える。


 もっともこの辺りの住民の視力は、誰より遠くの人や物が見えると驚かれたレオンでも驚くほど良いのだが。


「狼とか熊とかおらんかったら、みんな来たくなると思う。おれはもう1回来たいもん」


『まだ離れてもおらぬのに、もう1回来るとな。気持ちは分かるが』


 肉食獣の襲来に備えてはいるが、周囲の視界が良いため見張りが見逃さない。石垣や過去数十年にわたり、集落内が襲われたことがないとの事だった。


 そのうえで現在は市囲壁を建造中で、厚さ1.5m、高さ6mの塀が集落を囲むことになっている。景色の良さを阻害しないよう、集落の少し下った所から囲むという徹底ぶり。すべては観光客を呼び込むためだ。


「お酒も美味しいし、温泉のお湯も柔らかだし、ずっと入っていたいなあ。でもご飯も気になる」


 レオンは温泉と地酒、そして絶景を堪能し、全身から湯気を立てながら温泉を後にした。





 * * * * * * * * *




「わあーっ! すごい料理、これ何?」


「すき焼きというアイーイェの郷土料理ですよ。甘辛いダシの中に薄切りの鹿肉や牛肉などを入れ、葉物野菜、ニンジンなどの根菜を入れ、大豆で作った豆腐を1丁」


「卵に浸けて召しあがって下さい。最後にアツアツのごはんや小麦麺を入れます」


『吾輩の分はないのか、これは吾輩が食べても良いものなのか』


 見た目は猫だが、好き嫌いがあるだけで、基本的にジェイソンに食べられないものはない。毒があろうが一切利かない。

 普段は味を付けるな、生で食わせろとうるさいジェイソンがこんなにも興味を示したのは、サバの塩焼き以来だ。


「んーっ! 甘いダシが美味しい! 肉を煮ているのに柔らかいし、野菜のシャキシャキはしっかり残ってる」


『吾輩、これならば牛1頭分は食えるぞ。レオン、金が足りるならもう1……いや、2人前頼んでくれぬか』


 レオンとジェイソンの食欲に、村の者達も驚いている。金をきちんと払うと言った事で、もう2人前のすき焼きと白米などが追加された。


「どうでしょうか、このアイーイェは」


「とってもいい! 人ばっかりになると嫌だけど、ゆっくりできる状態を維持できるなら、みんな来たくなる」


「そうですか! 良かった、自信が持てましたよ」


 そう言うと、世話係の男は嬉しそうに微笑んだ。しかし、どこかため息を含んだような雰囲気も漂っている。


 その正体が「もし気に入ったならお願いがある」なのだと察したレオンは、真面目な顔で男に尋ねた。


「おれに、何かお願いがあるって言ってた」


 レオンの言葉に、男は深くため息をついた。


「実は、いつかは誰にも知られずひっそり佇む集落ではなく、人気のある観光地として発展したいと考えているものの、いくつか障害があるのです」


『なんだ、申してみよ。すき焼きを食わせてくれた礼はするぞ』


「スヴロイの奴ら、旅人を攫って金品を奪っているようなんです」


「おれ達は何もされなかったよ」


 男はスヴロイの怪しい行動をレオンに話して聞かせた。


 かつてアイーイェに立ち寄ってからスヴロイに向かった者で、再びアイーイェに引き返してきた者がいない事。


 他所者を受け付けず、アイーイェとも年に2,3回だけ海産物や農産物、衣類を交換する程度だというのに、他所から取り寄せなければ手に入らない金品や服、靴やかばんなどを持っている事。


「犯行の瞬間は見ていないんだよね」


「ええ、見ていません。レオンさんは狐人族だから、手を出されなかったのでしょう」


「帽子は取ってないし、尻尾も見せてない。ジェイソンもおれの服の下に隠れとったし」


『妙な雰囲気ではあったが、少々説明に無理がありはしないか』


 ジェイソンは念のため男の心を探っていた。しかし、この集落はレオンにも他の訪問者にも悪い感情を抱いていない。本当にスヴロイを疑い、スヴロイから訪問者を守ろうとしている。


「もしかしたら、試されているのかもしれませんね」


「試されてるって、何が?」


「レオンさんを刺客だと考えた可能性があります。スヴロイの話が広まっていないか、レオンさんを泳がせるつもりで」


「おれ、冬の海は泳がんよ」


「あー、そういう事ではなくて」


 スヴロイの実態が知れ渡っていたなら、警戒されるか、刺客を送られ滅ぼされるかだ。時々は旅人の行動を見張り、怪しい点がないかを確認しているというのがアイーイェの見解だった。


「そんな集落がたった半日も掛からない距離にあれば、皆怖くて来てくれません。スヴロイは、アイーイェが勘付いていると分かっているでしょう」


『集落の監視塔でスヴロイ方面を24時間監視していると知っているから、手を出してこないだけという事か』


「そんなに心配なら、おれ達で調べに行ってもいいよ」


「お願いします。お客様が訪れるようになったとして、アイーイェの中なら全力で守れますが、ここまでの道中で何が起こるかまでは保証できないので……」


 レオンは快く頷き、明日の朝には出発してスヴロイに行くと約束した。


「もし怪しまれる事があるなら、頼まれて魚を買いに来たと伝えて下さい」


「分かった」


 ゲストハウスの2階のベッドを借り、レオンとジェイソンは久々に安心して眠りに就いた。

 ところが翌朝、事態は思わぬ展開となってしまい、レオン達は急遽計画を変更しなければならなくなっていた。

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