復讐の大地-04



「ストレイ島、ここ何があるの?」


「ここからだと、まだ500kmは離れているようだね。キルケシュでは岸から見える範囲でしか漁をしていないから、行った事はないんだ」


「集落はあるのかな」


「西岸には集落の印が1つあるね。この数百年のうちに人が棲みついたのであれば、あるかもしれない」


 ストレイ島は、ランド大陸の東およそ40kmに浮かぶ小さな島だ。快晴で海面の霧がない状態であれば、肉眼でも確認できる距離であり、誰にも知られていないとまでは言えない。


「島まで行ったことがあるかは分からないけど、西岸で一番近い集落からは、多分肉眼でも見えているんじゃないかな」


「この島の、西側に集落があるかもしれない?」


『どのみちあてはない。行くぞ』


「うん」


「この付近は湧き水で暮らしているから川がない。川がある付近では熊が出没するそうだから、気を付けるんだよ。奴らは執念深い。肉の味を覚えた熊なら尚更だ」


「分かった、ありがとう」


 ヴィダレイディに礼を告げ、レオンは港へと向かった。ボムとディタにも礼を言い、広場で知恵を貸してくれた皆にも礼を告げて回った後、食料を買い足して村を出発した。


 強い風のせいか、それとも樹木の北限が近いのか、村から北は見渡す限りの草原が広がっていた。樹木は山麓に集中しており、これなら方角に迷う事もない。


「左にずっと海が見えるけど、しばらく行ったらぐるっと湾を回り込む事になるみたい」


『キルケシュの集落からは然程距離がない。この周辺に集落がない事は聞いておるのだから、海沿いを歩く必要もなかろう』


「うん」


 高台からはるか遠くの水平線を眺めつつ、レオンは3日間歩き続けた。途中の1日はみぞれが降り、あまり好きではないナイロン製のレインコートに身を包み、休憩も雨に打たれながらとなった。

 鞄には以前町で購入したナイロン袋を被せ、衣服や食材を濡らさないよう、時々確認しながら歩いていく。


 更に、その次の日は大雪。寒さに凍えながらも、レオンは去年買った懐炉を足の甲や手袋の中に入れ、凍傷にならないよう北を目指した。


「ご主人が、一緒におる、気がする、時々、なんか温かい」


『レオン、少し休まぬか。冷えておるぞ、動きも鈍っておらぬか』


「ジェイソンが、温かいけん、大丈夫。早く北に行きたいと、おれは」


『あの崖の麓に横穴が見える。中に入れ、一度手足を見せよ。拒むなら吾輩がその体を支配してでも連れて行く』


 レオンはティアの事となると見境がなくなる。だがいくら体力のあるレオンでも、3日間を極寒の中で過ごしては身がもたない。珍しく厳しいジェイソンの忠告に、レオンは渋々横穴を目指した。


「臭いね」


『獣が寝床にしておるやもしれぬ』


「新鮮な肉だ、やったね」


 レオンが獣に襲われる事はまずない。日頃は魔族ジェイソンが努めて力を抑えているおかげで、馬車にも乗れるし猫や犬を撫でる事も出来る。

 しかし、自然体のジェイソンからは禍々しい気が出っぱなしだ。どれだけ獰猛で腹が減った肉食獣でも、レオンとジェイソンには1秒も対峙できない。


「今はいないみたいだけど、帰って来るかな、多分熊だと思う」


『しかし冬眠には横穴が浅過ぎるか。現れたなら吾輩が仕留めてやろう。血抜きまでしてやるから、肉を焼く用意をしておけ』


 レオンはレインコートを鞄にかけ、横穴にあった乾いた木を組んで入り口で火を焚く。煙は発生するものの熊臭いよりはマシだ。それに今は少しでも温かさが欲しかった。


「ジェイソンも寝た方がいいよ」


『心配はいらぬ、明日晴れたなら、レオンが歩いておる間に休むとしよう』


 レオンが眠りに就くと、ジェイソンはその懐で丸くなった。もちろん、寝るためではなく、レオンを温めるためだ。


『貴様は吾輩のものだぞ、レオン。どれだけ恩人殿に忠義を捧げようと、吾輩のものだ。もうすぐ、ようやく、吾輩は全てを支配できる程の魔族として君臨できる』





 * * * * * * * * *





「あ、集落だ」


『吹雪のせいで1日遅れたが、方角は間違っていなかったようだな』


 更に2日が経った5日目の朝、レオンは湾の崖沿いにある小さな集落へとたどり着いた。海に下りる道はあるが、波止場はない。海の幸で生計を立てている訳ではなさそうだった。


「ごめんくださーい」


「……どこから来た、海からは来てないようだけども」


「南のキルケシュから。ここは何ていう集落ですか」


「スヴロイだよ、何の用があって来た」


 家の数は100もない。そんな集落に入って最初に話に応じてくれたのは老婆だった。背中は曲がり、レオンの腰ほどの背丈しかない。

 老婆以外にも何人かいるが、誰もレオンに応えようとはしなかった。


『レオン、帽子を取るなよ。こやつら、何か企んでおる、正体を晒すな』


 ジェイソンはレオンの服の胸元に潜り込んだまま、敢えて姿を見せなかった。


 滅多に他所者が来ない土地柄のせいか、住民の警戒心が強い。レオンを排除しようとしているにも見える。

 ジェイソンはそんな住民の本音をさぐるべく、狐人族相手ではなく、人族相手ならどう出るのかを見極めようとしていた。


 最近良い人族に恵まれ続けているレオンに、油断するなと言いたいのだ。


『狐人族相手なら、愛想よく粗相がないように立ち振る舞うだろう。だが、それでならず者を見過ごしてはならぬ』


「……依頼主がいないなら、成敗しようがないよ」


『レオンを人族だと思っておるなら、危害を加えようと企てるやもしれぬ。そのように相手次第で態度を変えるならず者を炙り出すのも役目だ』


「なーにぶつぶつ言ってる。何だい、何か用なのかい、通りすがっただけならそのまま通り過ぎりゃいい」


「あー、えっと、エーテル村を知りませんか。この北にあるはずなんですけど」


「知らないね」


「ストレイ島に行った事がある人は」


「さあね、そんな島は知らない。用が済んだなら立ち去ってくれ」


 会話を続けようにも取り付く島もない。老婆も住民達も、面倒くさそうに回れ右をして立ち去ってしまう。


「あの、どこかお風呂がある家に1晩泊めてもらえませんか! ちゃんと代金は支払います」


 レオンの呼びかけは聞こえているはずなのに、誰も振り向かない。過酷な5日間の工程の疲れを癒し、1晩くらいゆっくり眠りたいと思っていたレオンは、予想外の展開に酷くガッカリしていた。


「……この調子じゃ食べ物も分けてもらえなさそう。物に困っている感じはしないんだけど、特定の集落としか交流がないのかな」


『水を汲んだらさっさと出発するか。川を見つけて水を汲め』


「分かった」


 レオンが集落の出口の小川沿いを歩き始めると、住民達の手が止まった。その目はじっとレオンの背中を見つめ、僅かに口角を上げていた。





 * * * * * * * * *





「あ、また集落だ」


『先ほどの集落から3時間程しか歩いておらぬが、こんな至近距離で別の村を構える必要があるのか』


 海沿いの起伏の激しい場所を避けたレオンは、小川沿いに内陸へと歩を進めていた。そろそろ北へ進路を変えようかと思っていた矢先、慎ましい集落が目の前に現れたのだ。


「なんか、見張られてる感じがする」


『こちらに気付いて様子を伺っている者が1人、2人……』


 50軒あるかどうかの、更に小さな集落。レオンは他所者だから帰れと言われないよう、出来るだけ明るく、柔らかく住人に呼びかけ……ようとした。


「ごめんくださーい! あのーえ……っと」


 レオンが愛想よく呼びかけた瞬間、家から男が出てきて銃を構えた。


「何しに来た」


「あ、えっと、エーテル村を、知りませんか……って、聞きに来ました」


 男は怪訝な顔をし、周囲に視線を向ける。数人の男が現れた後、何かを話し合ったのち、1人がレオンの前に立った。


「お前、どこから来た」


「アンガウラから船でキルケシュに着いて、そこからさっきの……何てとこだっけ、西の集落で誰も相手にしてくれなかったから、こっちに歩いてきました」


 男達はレオンの話を聞き、再び相談を始めた。


「その話が本当だという証拠は」


 そう言われたレオンは、少し考えた後で帽子を取り、レインコートの下から尻尾を出して見せた。


「はっ、こりゃいい! 獣人族が来てくれるとはね、いやあ失礼した! 歓迎するよ、さあ、アイーイェ村にようこそ!」

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