【復讐の大地】
復讐の大地‐01
「ごめんください! エーテル村知っているひとはいませんかー」
アンガウラ村に着いた翌日。レオンはエーテル村を知らないかと聞き回っていた。小さな村だが、船員や商人が泊まる宿があり、景色や自然を楽しむ登坂旅行も人気だ。
猛者ともなれば、海路を使わず徒歩で半島を縦断するのだという。世界の陸地が温暖な地方に集中しているためか、植生が異なり降雪量も多い寒冷な気候のランド大陸は魅力的だとして、観光需要も高い。
冬季の積雪を考慮せずとも、ランド大陸に平坦な地形が多ければもっと栄えていただろう。
「ティア・ストレイの故郷のエーテル村、知りませんかー!」
「誰だって?」
「どんな場所なの? え、海沿いにある村?」
「浜がある村なんて、ランドには殆どないけどなあ。どこも断崖絶壁で、この村くらいしかろくに港を築けなかったって聞くし」
「えっ……えっと、エーテル民謡がある! 歌うけん聞いて!」
海沿いの低い雲が塊となって流れる空の下、耳を傾けてくれる村人は多い。レオンはティアから教わった歌を披露し、反応を待った。
「あんた歌い手さんか? いい声だ」
「おれのご主人ティアが教えてくれた。エーテル民謡だって言ってた」
「アンガウラの起村祭で踊る時、似たような歌を歌っているんだけど……他所の歌までは分からないなあ」
「そうですか……」
地理的な理由で、エーテル村はこのランド大陸にある。そう考えていたレオンの旅の行く先に、早くも暗雲が立ち込めてしまった。レオンは難しい顔をし、耳も垂れている。尻尾の力も抜け、明らかにガッカリしていた。
そんな中、村人がレオンに対して、歌の中に特徴的な言葉がないかと問いかけてきた。
レオンはティアから教えて貰った歌を書き留めた手帳を取り出し、その詞を村人に見せる。
「成程……霧が多い土地のようだ。それに光をとても尊いものとして崇拝しているね」
「どうしてそんな事が分かるん?」
「光に言及する言葉が多いんだ。虹を表現するだけでもいくつかある」
「別の歌では日の入りを嘆いたり、満月の有難さ、白夜の恐ろしさが。君のご主人が作った歌も、大地に咲くひだまり、闇に憂う星、群れ星など、明かりに感謝する表現が多いね」
「待って、日の入りを嘆くって事は、村からは日没が見えたって事よね。だとすれば、大陸の西側の村って事にならないかしら」
ティアから習うか、生きていく中で身に着けたか。それ以外に学ぶ機会の無かったレオンにとって、村人が気付いたものは衝撃だった。
村人はいつの間にかみんなで歌の内容を検証し始め、それぞれの知識の中で分かった事を挙げていく。
「さざ波の夜、って事は浜がある事になる。そしてなおかつ西側に位置する村……」
「完全な白夜かどうか分からないけど、緯度的にはかなり北になると思う」
「水辺なら内陸の大きな湖も考えられるが、ハッキリと海辺と言っているなら間違いない」
レオンの為に、人族がこんなにも力になろうとしてくれている。
獣人族や魔族にとって、人族はどうしようもない存在のはずだった。権利にしがみつき、常に他人と争い、虐げ、優位に立とうとする。
その為には手段を選ばない下劣な生き物。
本当にそうなのだろうか。レオンは旅の中でそう思う事が多くなっていた。ティアが特別なのではなく、もしかしたら人族は本来そうなのではないか。
少なくともこうしてレオンを助けようとしてくれるのは、人族が根本的な悪ではないという証明ではないか。
レオンはそう考え始めていた。
「おれが人族に救われると思った事なかった」
『吾輩は人族など下等であるという考えは変えぬ。レオンを撃ち、他者を騙し、殺し合う。そのような存在だ』
レオンとジェイソンが語らう間にも、エーテル村がどこにあるのかという検証は進められていく。
「おーい! 地図を貰って来たぞ! 120年前、探検家が大陸を一周した時のだってよ!」
「まだランドに国があった時の地図じゃなくて? どう、変わってる?」
「幾つか集落がなくなってるようだな。で、西側の集落が数えたら23個」
「白夜になりそうなのは?」
「俺が遠洋漁でニシンを獲りに行った時、この辺りで白夜を迎えた」
「私の出身がこの辺りの集落なの! この付近じゃ白夜にはならないわ」
村がどこにあるのかは分からない。だが、どこ辺りには確実にないという結論は出た。集落は海沿いにあっても海から行けない場所が複数ある。
仮に海辺に下りる道が整備されているとしても、白夜にならない場所は除外できる。
「陸路で行かないし、互いに対岸に見えるわけでもないし、集落同士の交流って殆ど無いんだよな。俺なんてこの村から出た事ないぞ」
「私も出た事はないわ。北の寂れた集落に行くなら、別の大陸に行った方が栄えているし」
「という事で、後はこの村より北を全部回ってもらうしかないか」
「そこまで絞ってもらえただけで、とても助かりました! 早速行ってみます!」
いつの間にかレオンの耳もしっぽも動きっぱなしだ。ジェイソンは寒さが苦手だと嘆くものの、レオンはもうエーテル村に着いた気でいる。
「ジェイソン、行こ!」
『吾輩に断るという選択肢はない』
「ちょ、ちょっと待った! 歩いていくのかい!?」
「そのご主人さんが大陸西岸の出身なら、絶対にこの村を経由してる。そして商人が何か月も掛けて歩いて連れてくるはずない」
「西岸からは内陸に向かうには山深くて、町まで出る道もないらしい。船を雇った方がいいぜ」
東岸には幾つかそれなりの村があり定期便も出ているものの、西岸にはない。しかしそれなりの金で頼めば船を出してくれるという。
少なくとも半島の付け根の集落までは歩く意味もないため、レオンは船を出してくれる者を募る事にした。
「おれ、お金を払って仕事頼むの初めてだ!」
『幾ら払えば良いのだろうか』
「小さい船の上ならギギル釣って食べれるかも! ごめんくださーい! 北に船を出してくれるひと、いませんかー!」
レオンが目をキラキラさせて呼びかける。少し間を空け、1人の老人が群衆の中を掻き分けて現れた。
「わしが連れて行ってやろう」
「ボム爺、あんたもう漁はやめたんじゃなかったのか」
「漁はやめた。これから漁師は忙しい時期だ。奴らは何日も空けてはおれんだろう。わしのような引退ジジイ以外、誰が船を出してやるんだ」
小柄でやや背が曲がった老人は、鋭い眼光でレオンを見つめる。荒波の中を生きてきたせいか、芯の強さを感じる佇まいだ。
「お願いします、おいくらですか」
「油代と、飯代くらいは貰おうか。油を大量に積むから1日待ってくれ。その前にあんたに聞きたい。そのご主人とやらのために村に行って、何をするつもりだ」
「ご主人の骨を、故郷の海が見える場所に埋めてお墓にする。帰りたいって言ってたから」
「……そうか。ご主人は他の大陸の金持ちに売られたと言ったな」
「うん」
「こんな大陸の小さな集落を商人が回る事などまずない。手間がかかり過ぎるからだ。恐らくその村の者がこの村まで連れて来たはずだ」
老人の話の通りなら、ティアは村の者に売られたという事になる。
「あんたのご主人の亡骸を、村の者達は歓迎するのか」
「帰ってきて欲しいと思ってるんじゃないかな、ご主人は帰りたがってたし」
「村が恋しくて帰りたいと言っていたのか?」
『何が言いたい』
「村に骨を持って帰ってくれと頼んだそうだが、売り払った村の女が骨となって帰ってくれば、村人はどう思う」
「……ジェイソン、ご主人の気持ち、どこまで読んだ?」
『レオンの恩人殿だ、無用な詮索はしておらぬ。していたならエーテルの在処も聞き出した』
レオンは勘違いをしていた可能性に気付いた。
ティアは確かに故郷のエーテルに帰りたいと言っていたが、その真意はただの帰郷ではなかったのかもしれない。
「そこに墓があれば、村人は決して忘れないだろう。若い女を売った金で食い物を買い、生き永らえたという後ろめたさを」
「もしかして、ご主人は……ご主人を売った村の奴らを、恨んでいた? 復讐したかった?」
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