大事件の村-07
* * * * * * * * *
ガス灯が周囲に3つあるだけの薄暗い広場にて。
エントの容赦ない復讐がひと段落し、リキョとデイワは虚ろな目で座り込んでいた。
2人はかなり抵抗したが、レオンは逃げようともがくデイワに山形鋼を突き立て、ジェイソンがリキョの喉と手首を甘噛みして瞼に爪を突き立てたなら……。
エントの言う通りにするしかなかった。
「こいつらどうする?」
「そうですね、僕じゃない奴とのデートは辛い思い出に書き換えてやったし、僕への嘘は真実にしてあげる事が出来ました。後は……」
「ま、まだ何か、あるのか」
エントは自身が2人から奪われた財産を記したメモを取り出し、デイワに8金貨分、リキョに3金貨分の請求書を突き付けた。
「……こんなに、払えるわけねえだろ」
「治療費と損害額しか含まれていないけれど。やられた分はやり返す事で帳消しにした。だから慰謝料は請求しないよ」
「私は、払います」
「俺はこんなに盗ってねえ、リキョの方が……」
「僕が費やした1年間を返してくれるのかい? その分を上乗せしてもいいんだけどね」
「償いになるなら、私が全額払います」
「他人の罪の償いを奪うのは良い事じゃない」
「……分かりました」
レオンはデイワの財布を確認し、中に入っていた銀貨紙幣26枚、銅貨など全てを抜き取ってエントに渡す。勿論、足りていない。
リキョは今更ながら後悔の涙を流していた。
謝罪のチャンスも与えられなかった事で、自身の愚かさと、それによって招いた今の悲劇に絶望してもいた。
「何でも、します。持っているお金は返します、足りない分は働いて返します」
「盗ったものを返すのは当たり前の事だよ」
「はい。その後で死ねと言われるなら死にます。一生奴隷になれと言うなら奴隷になります。それでエントへの償いになり、エントの気が済むならそうします」
『どうするのだ』
「そっちは後で考えるよ。もう1つ、済んでいない事があるから」
エントはレオンに向き直り、笑顔を貼りつけて山形鋼へ視線を向ける。
「僕は気を失うまで殴られた。だから、復讐としてこの男も気を失うまで殴られるべきだと」
「なーんだ。そんな簡単な事なら最初からやったのに」
「も、もういいだろ! 金は返す! 屈辱だって味わった! 殴った分の慰謝料だって払うって言ってんだからよ!」
「お前の気が済むかどうかは何の関係もない」
レオンはそう伝えた後、デイワの顎下へアッパーを繰り出した。デイワの顎はすぐに腫れはじめ、痛みを感じたかどうかも分からないまま、その場に崩れ落ちる。
「おれの宝物で殴ったら気絶より死にそうな気がしたから、手で殴った。駄目だったらやり直す」
「あ、えーっと、まあ、うん、大丈夫です。すみません、動きが早過ぎて何をしたのか分かりませんでした……」
「もう一回やる? 次はゆっくりやる」
「い、いえ、気絶させるという目的は達成なので」
レオンにとって、既にリキョもデイワも人ではない。生き物だと認識していないかもしれない。
エントはこの復讐を遂げるべく、人としての心を捨てて非情で冷酷な男になったつもりだった。しかし目の前にいるレオンは天然モノ。
思わず「敵わない」と呟き、レオンに感謝を伝えた。
「有難うございました、レオンさん、ジェイソンさん。僕はこれでようやく前に進めます」
「依頼達成できてよかった、ご依頼有難うございました」
レオンはエントに頭を下げ、エントが2人から奪えていない金を代わりに支払った。デイワとリキョを売り飛ばせば、合計で11金貨紙幣くらい痛くもかゆくもない。
ジェイソンが泣き崩れるリキョを煩いと一喝して黙らせると、レオンは2人を引きずって行こうとする。
「あの、2人をどうなさるのですか」
「変態金持ちは、こういう奴らを高く買ってくれる」
『先ほどの人族カス共の交尾など、まだ可愛い方だ。貴様が思う以上に屈辱的で哀れな扱いをしてくれよう』
「出来るだけそういう人に伝手がある紹介屋に売りたいね、そういう奴らが合法的に人を買うのはなかなか難しいらしいから」
金になりさえすれば、悪党がどんな目に遭おうが全く興味がない。ならず者への慈悲が一切ないレオン達に、さすがのエントも引き気味だ。
「人買いに売るんですね。あの、お金を頂いた以上、僕はもう2人をどうする権利もないのは分かっていますが」
エントはもう笑顔を作っていなかった。今まで見せなかった真面目な顔でレオンを見つめる。
『何か要望があるのか。依頼者の望みを出来るだけ残酷に叶えるのが吾輩とレオンの使命だ。こやつらがもっと絶望出来るよう、高く請け負ってやろう』
「依頼終わったけん、また頼まれたら別料金になるよ。始末するのは別に構わんけど」
デイワは意識がなく、何を言おうがどうせ聞こえない。しかしリキョには聞こえている。リキョは絶望しているからか、エントの言葉にもレオンの言葉にも抗う様子を見せない。
「その、リキョは家政婦など、軽い仕事を与える雇い主に渡して欲しいんです」
「なんで?」
家政婦などの仕事は、借金の形に取られた場合でも比較的負担が少ない方だ。募集に対して普通に応募が集まるため、余程評判が悪い主でない限り、紹介屋で家政婦を買う事はない。
人買いに買われたティアは、まさに評判が悪い雇い主の許で働かされていた。ティアの雇い主は、遠方から高い金を支払って集めなければならない程酷かった事になる。
「エント、紹介屋で家政婦を買う奴は性悪ばかりだよ。一部、可哀想だからって手を差し伸べるつもりで買う正しき者もいるけど」
「そうなんですか……でも、できればあまり厳しくない雇い主に渡して欲しいんです」
「おれのご主人は、家政婦にさせられて酷い目に遭わされた。ご主人が命令してくれたら、出来る限り惨めな方法で殺して、内臓を引きずり出してやりたかった」
『人買いに渡すというのは、そういう事だ。貴様、その覚悟もなく我らに依頼をするのか』
紹介屋は買われた人材をどう扱われようが関係ないのだ。エントは知らなかったようだ。
「では、お願いです。折檻や性奴隷以外の用途で買ってくれる人に渡して下さい」
そう言うと、エントはレオンから渡された金貨のうち、リキョの返済額に等しい3金貨紙幣をレオンへ渡そうとする。
「リキョは、あまり良い環境で育っていません。だから僕は出来るだけの愛情を注いだし、幸せになって欲しいと願っていました」
「それで?」
「……もう復讐は終わりました。僕を騙し利用した女でも、一度は本気で愛した人です。反省しているなら、僕の知らない土地で人生をやり直して欲しい」
「依頼主からお金は貰わない。こいつが買われる先か、そこでの仕事を選べるくらい価値のあるものになれるよう、自分で努力すればいい」
『高値が付いたなら、その分我らへの報酬が増えるのでな』
レオンはエントに「ばいばい」と告げ、暗い坂道を下っていく。リキョは自分の足で歩き、デイワは引きずられたままだ。
「……レオンさん」
『フン、畜生と会話をする者がどこにいる』
「では、聞いてくれるだけでいいです、勝手に話します」
そう言うと、リキョは自身の後悔を語り始めた。
「育ちの悪い私には優し過ぎるエントが眩しくて、程度が低い自分と釣り合うデイワの強引さに惹かれてしまいました」
リキョは涙を流しながら、声を詰まらせる。それでも言わずにはいられなかった。
「馬鹿ですよね、私。デイワの行き過ぎた行為を止められなかった。止めたら私が酷い目に遭う、それが怖くて……エントを身代わりにしたんです」
月明りが照らす細い道に、ポツポツと黒い染みが落ちていく。
「私を出来るだけ酷い雇い主に売って下さい。エントにこんな事をさせてしまった私を、一生戒め続けてくれる雇い主に。私がエントへの懺悔と叶わない恋心を忘れられないように」
リキョの思いに嘘偽りはなかった。だからと言って、レオンは今更エントにこの告白を伝える気はない。
『畜生の願いなど聞き入れると思うか』
「おれには聞き入れる義務はない」
「……独り言です。過去に戻れるなら先にレオンさんと出会い、正しい人になってからエントと出会い、恋人になりたかった」
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