大事件の村-06



 * * * * * * * * *




「い、いつも1人で来ているの?」


「ううん。君を誘ったけど別の予定があるというし、予約していたのを断るのも店に申し訳ないから、1人でも来た方がいいかなって」


「そ……うなんだ。私も1人になっちゃってたし、お互いにちょうど良かったね」


 エントとリキョは、表面上は何事もなく食事をしていた。リキョの表情はやや硬いものの、それはデイワとの事を悟られないか、気にしているからだろう。


「この後、少し散歩しない?」


「散歩?」


「うん、せっかくだから少しだけ。本当はね、デートしようって誘おうつもりだった」


「そうなんだ、ごめんね? 先に予定入れてたから……あーあ、どうせ急に来れなくなるなら、最初からエントとのデートを選んでたら良かった」


 リキョは気持ちを切り替えたのか、エントの話に笑顔で応じ、平静を装い始めた。傍から見れば楽しそうにデートをする恋人だ。

 実態は、そのどちらも互いを愛していない仮面カップル。レオンは人族の面倒臭さにため息をつく。


 食事がおおよそ済んでデザートが出てきた時、リキョの顔が僅かに強張った。エントは気にせず片方をリキョに渡し、美味しそうだねと言って食べ始める。


 オレンジを使ったシャーベットは、とても美味しそうだ。レオンもいいなあと呟いて、自分も食べたかったと嘆く。


 ほどなくして2人は店から出て、港の方へと歩き始めた。レオンはデイワを荷車に乗せたまま、数十メルテ離れて後を追う。

 デイワはまだ呻き声で何かを訴えようとしている。


「ならず者、うるさい」


 レオンは山形鋼の角をデイワの頭に押し付ける。デイワは涙の滲んだ目で震え、レオンとジェイソンに止めてくれと懇願した。

 もっとも、何を言っているのかは分からないため、ジェイソンが考えを読み取ったのだが。


 エントは満面の笑みでリキョと手をつなぎ、やや強引とも取れる程楽しんでいる。先ほどデザートを食べたと言うのに、甘いチョコレート菓子の店に寄り、幾つかを選んで買い、リキョと分け合っている。


 2人はベンチに座った。もう日が落ち、ガス灯が直下の地面だけを照らす。エントは相変わらず笑顔で良くしゃべる。しかしリキョの声が聞こえない。


「あ、動いた」


 エントが立ち上がり、リキョの手を引いて歩きだす。レストランを出た時はまだ軽かった足取りも、ベンチから立ち上がった後は引きずられるように見えた。


 静かな通りに荷車の車輪の音は響きすぎる。レオンは大柄なデイワを軽々と担ぎ上げ、2人の後に続いた。


 20分後、町を見下ろすような小高い丘に登り、エントはリキョを強引にベンチに座らせて星空を見るように伝えた。

 レオンは指示があればデイワを引きずってでもベンチまで連れていく事になっている。


 広場にはエントの声だけ。リキョは泣いているようだった。エントはそれを気にしている様子もなく、普段通りに優しい笑顔を保っている。


「エント……どうしてこんな事をするの、もう、やめて……」


「思い出の場所じゃないか。僕はどうしてもここにきて、過去の嫌な記憶を消し去りたかった。君と来ないと、意味がないんだ」


「ここはそうかもしれない! でもレストランも、途中のお菓子屋さんも、港のベンチも……!」


 リキョは半狂乱で泣き叫んでいる。今まで訪れた場所は、2人にとって特別な場所だったようだ。

 そんな2人の様子をじっと見つめていたレオン達の背後で、デイワが何かを喋り始めた。縄を噛ませているせいで何を言っているかは分からない。


『レオン、この愚か者のくつわを外しても良いぞ』


「うん」


『あのエントという男、なかなか愉快な事を実行しているようだ。ここまで来たなら、仮にこの男が大声を出そうが関係ない』


「あの女が逃げても、おれとジェイソンで捕まえるのは簡単だもんね」


 レオンはデイワの轡を外してやった。手足は縛ったままで、頭には山形鋼の先端を押し付けている。デイワは諦めた口調で話し始めた。


「……俺とリキョが3か月前にデートした時の、そのまんまなんだ」


「どういうこと?」


「あのレストランも、菓子屋も、港のベンチも、この丘も……食った物から買った物まで、今日と全部一緒なんだよ……」


「へえ」


 エントはデイワとリキョのデートを再現していた。デイワ曰く、座ったベンチも並びも一緒であり、偶然では起きないものだ。


「あいつ、前から知ってたんだ。知っていて俺達に復讐する機会を伺っていたんだ」


 エントは2人を追及するだけではなく、じわじわと絶望と恐怖を味わう様子を見たかったのだ。実際、リキョはエントを恐れ、ごめんなさいを連呼している。


 しかし、その謝罪がエントに伝わる事はない。


「エントを、う、裏切るつもりはなかったの! あの人に誘われて、エントとは正反対の男が新鮮で、つい……」


「君が裏切ったなんて、思っていないよリキョ」


「エント……」


「だって、君は最初から僕を恋人と思っていないんだからね。そもそも表がないのに裏切りようがないよね」


 リキョの嗚咽がピタリと止まった。


「僕がこの丘で誰かに殴られた日を覚えているかい」


「あ、あの……」


「僕は金を奪われ、3週間も病院のベッドで過ごす事になった。君は犯人に強姦された」


「わ、私、その事件を、思い出したく……ないわ」


「僕はね、君を守れなかった事を本当に悔やんでいたんだよ」


「も、もうその話はやめよ? 辛い事は思い出したくないの」


 リキョの焦りが離れた所にいるレオンにも伝わってくる。エントはゆっくりと大きく手を振る。レオンへの合図だ。


「合図だ、行くぞならず者」


「ゆ、許してくれ、全部返す、お願いだ」


「許すのはおれじゃない」


 レオンが茂みから現れると、リキョは音に気付いて後ろを振り向いた。そこには狐人族、黒猫、そして拘束されて引きずられる「恋人」の姿。


「ど、どうして……」


「僕はね、どうしても許せなかったんだ」


「ふ、二股を掛けていたのは謝るわ! でも、私は本当にあなたを好……」


「ワニ革のバッグ、新作のワンピース、シルバーのイヤリング」


 エントの顔から笑みが消えた。レオンとジェイソンは初めて笑顔でないエントの顔を見た事になる。

 リキョはバッと顔を上げ、デイワも動かなくなった。


「高級ワイン、賭け事のツケ」


「お、お前……」


「僕の金で買ったんだよね。それと、いずれ庭付きの一軒家に住むんだってね、僕が貯めた金で」


 リキョがその場にへたり込む。ようやく気付いたのだ。エントは殴られ意識を飛ばした事件の真相を突き止めていると。


「な、何かの、間違いよ! そ、それに今デイワを縛って酷い事をしているのはあんたでしょ! 私達が何かしたって証拠はあるの!?」


「レオンさんとジェイソンさんの前で、もう一度言えるかい」


「わ、私は被害者だし、この人は関係ない! 私と別れたいなら言えばいいじゃない! こんな事しなくても別れてや……」


 リキョの発言が止まった。その喉をジェイソンが甘噛みしたのだ。


『見苦しいメスだ。貴様の嘘を見抜けぬと思うたか、下等な屑が』


「ジェイソン、ならず者のメスは高く売れるから傷付けないようにね」


 リキョは震えながら、エントに縋るような目を向ける。エントはいつの間にか笑顔に戻っていた。


「僕はね、君に優しく接してきたつもりなんだ。君を大切にしてきたと断言する。復讐を誓った半年前からも、それは変わらなかった」


「は、半年……」


「君は嘘なんかつかないと信じているんだ」


「え、エント……」


 リキョはエントが許してくれるのだと思い、少しだけ表情が緩んだ。僅かに口元が綻んでもいる。デイワも何とかなると思ったのか、畳みかけるように謝罪を口にする。


 エントはそんな2人に対し、謝らなくていいよと伝えた。


「強姦されたと言ったよね、それが嘘じゃなければいいんだよ。もし嘘だったなら、真実にしてしまえばいい」


「えっ」


「俺は犯人に殴られ、リキョは犯人に強姦された。犯人はデイワだ。だったらリキョが今ここでデイワに襲われたら、君は嘘つきではなくなるよね」


 エントの言葉に2人が絶句する。レオンはデイワをベンチに座らせ、手足の縄を解き、代わりに首に縄を巻いた。


「さあ、大好きだった君を嘘つきにしないための、僕からのプレゼントだ」

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