【始末屋ドワイト】※幼少期編
始末屋ドワイト-01
* * * * * * * * *
更に数か月が経った。
獣人族は成長が早く、更に青年期が人族よりも長い。ティアが最初に買ってやった服は、何度も洗って縮んだ分を差し引いてもサイズが合っていない。腕も胴体もピチピチになってしまった。靴のサイズも1つ上がった。
ティアは、そんなレオンへの出費が気にならなかった。
この世の宝でも手に入れたかのように大喜びし、重い荷物は全て軽々と持ってくれる。お陰で疲労は殆どなく、体調も良い。
町や村で金を稼ぐための気力も体力もしっかりあるため、むしろ余裕が出来たほど。
「明日は新しい服を買わなきゃね。最初はガリガリだったから人族の子供と同じ感覚で買ってたけど、こんなに逞しく育つなら大きめがいいかも」
「おれ、ふく着らんでもへいき!」
「狐人族には恥ずかしいって概念ないのかな。私は服着てほしいな」
「わかった、着る!」
ナヌメアという町の宿に着き、レオンは部屋で読み書き帳を眺めていた。もちろんまだ読める字など数える程しかない。もっぱら絵を楽しんでいる。
「じゃあ、私は旅費を稼いでくるから。レオン、お留守番ね」
「ご主人、またうた屋さんしに行くと?」
「うん、今日も飛び込み営業。まあ、しっかり稼いで来るから楽しみに待っててよ」
夕方。レオンが夕食に目を輝かせていた時、ティアはレオンに出かける事を伝えた。
食べ終わった後は部屋から出るなと言いつけ、ティアは宿から出て酒場に向かう。
酒場に子供を連れては行けない。途中で立ち寄った町でも、レオンはティアが店で歌う姿を見る事はなかった。
「人族の里っち、美味しいもんいっぱいあるね」
「……」
「おれ、ご主人と一緒おったら嬉しいときいっぱい」
「……」
「ジェイソンが一緒おるのも嬉しいときいっぱいあるけんね」
レオンは嬉しいと言いながらも、ティアが出かけた事でご馳走が少し味気なく感じていた。
食べ終わった後、いつものようにおとなしく待っていたが……。
「なんか、外うるさいねジェイソン」
「……」
「はかば屋さんに行ったらいけんっち」
「……」
「おれね、本当はご主人狩りしよるんかもっち、思うんよね。うた屋さんしたあと、いっつもお腹いっぱいで帰ってくるけん」
レオンがジェイソンに話しかけるのはクセなのか、返事がないと分かっていてもお構いなしだ。
「外、なんしよるんやろ。話し声とか聞こえる」
レオンが窓から外を覗くも、石垣と狭い路地に並ぶ家々に阻まれ、表通りの様子が分からない。レオンは言いつけが頭の中にぐるぐる回っていたものの、今日はとうとう我慢が出来なくなった。
部屋の扉を開け、8部屋が並ぶ廊下の様子を窺う。レオンはちょうど歩いていた男に声を掛けた。
「ねえねえ、おじちゃんの人」
「うわ、え? 狐人族……?」
「おじちゃんの人、外うるさいの、何かしよると?」
「あ、ああ、酒場に異郷の歌い人が来たらしくてね。珍しいからみんな行くそうだよ」
「にきょおたいびと……っち、なんそれ」
40代くらいに見える男は、レオンの問いかけに丁寧に答えてくれた。男の横には妻がおり、まあ、と声を出した後、部屋に戻って帽子を持って来てくれた。
「おれのね、ご主人もうたうんよ。はかばでうたうっち言いよった」
「もしかして君のご主人が歌っているのか? それはいい。どうだ、少年も酒場に行くかい」
「はかば屋さん、ご主人が行ったらいけんっちゆった」
「墓場じゃねえ、酒場だ。まあ、どうせ人が殺到して中に入れやしねえさ。扉の外から見りゃいい」
「行ったことにならん?」
「考え方次第ではな。少なくとも店に入ってなけりゃ」
「可愛いぼうや、私はエシャ、こっちは夫のゼデン。宜しくね。さあコートを着て、お耳は帽子で隠しましょう」
「おれね、レオン。ギニャがあとで、レオンが先の名前」
妻のエシャは、子供を攫う輩を警戒して耳と尻尾を隠すように指示した。夫のゼデンはそこまでしなくてもと笑ったが、珍しい獣人族の子供が狙われる事は分かっているようだ。
しっかりと手を繋ぎ、絶対に放すなと言いつける。
「あなたとても純粋で人を疑わないのね。獣人さんは色々と狙われやすいから注意するのよ。知らない人についていく時は、人攫いじゃないかちゃんと考えるのよ」
「ひとさらいは、ならずもの。様子のおかしいならずものは、あやしくさそう。ちゅういする」
「そうだとも。おまけに先月には南の町で強盗団が建物に火を放ったそうじゃないか。物騒だから1人で歩かない方がいい」
「うん、ご主人にも言われとる。ぶっそうなならずものに気を付けりっち。あのね、ジェイソンも一緒にいく」
「そちらの……猫ちゃん?」
「猫やないよ、ジェイソン」
「ん? そう? じゃあ精霊さんかしら。あなたがもしご主人に何か言われたら、私達が説明してあげる」
ゼデンとエシャに手を引かれ、レオンは酒場へと向かう。5分程歩いた後、店の外にまで人だかりが出来ている様子が見えた。
「やっぱり凄い人気ね、歌声だけでも聞けるかしら」
「放浪の歌い手はめっきり減ったよな、みんな都会に出ちまうし。こんな辺境で聞ける機会はなかなかない」
「ほんとうにそうね。旅先でゆっくり聞かせてもらうのが良いのに」
この世界において、大道芸や歌を生業とする者は少なく、ましてや各地を回る者は更にそのひと握り。都会の演劇場や大きなパブで稼ぐ者が殆どだ。
小さな町や村にも地元の歌い手がいるものの、その他の歌声や演奏を聞く機会は滅多にない。娯楽と言えば酒やボードゲームなどでの賭け事くらいしかない。
そのためか、酒場専属の歌い手さえも胸の前で手を組み、憧れの眼差しでステージを見ていた。
7メルテ×7メルテの小さなフロアと外での立ち見を合わせ、7,80人はいるだろうか。人口1000人足らずの町で、この人数が急遽1か所に集まる事などそうない。
「この声、ご主人の!」
「へえ、美しい声だ。小鳥のさえずりのような声とも違う、声楽家とも違う、何だろう……」
「少年が涙を堪えて歌うような、凛としたそんな声」
「そう、そんな声だ。余裕と艶で聞かせる声もいいが、健気に歌う声もいい」
ゼデンとエシャはすぐに聞き入ってしまい、背も低く人込みで前が見えないレオンは後ろでピョンピョンと跳ねる。
思い出す 記憶の奥 遥か昔
違い 疎遠を誓ってから幾年
涙を流したあの頃 楽しき思いで
語れずにいた過去が水のように溢れ 怨恨の灯も消えよう
「おもいだす~、おきのく~ふんふん~、ふんふん~」
レオンに詩を理解する力はまだなく、歌詞も空耳だ。ただティアの歌声は心地よく聞き惚れてしまう。
悩んだ末にレオンは酒場の塀の上に飛び乗り、小さな明り取りの窓から覗き込んだ。
旅の最中でも時折口ずさんでいたティアだったが、こうしてしっかり歌う姿をレオンに見せた事はなかった。
雨上がりに 虹が出たから
躊躇わずに見に行こうと
雲の切れ間に注ぐそれは 心にない色で輝いた
それはまるで 光そのもので
私を包み込むようで 全てはその中にあった
やがて1曲が終わり、数秒遅れて拍手がポツポツと鳴り始める。あっという間に割れんばかりに響き、酒場の店主が「次の曲を聞きたけりゃ金を払え」と言って、客達に食べ物や飲み物のお品書きを回し始める。
「……はっ、おれおかね持ってないけん聞かれん!」
レオンはジェイソンを腕に抱き、大人の背程の高さから飛び降りる。ゼデンとエシャに「先に帰る!」と言って駆けだし、宿へと戻った。律義にも、金を払えないから声を耳に入れてはいけないと思ったようだ。
酒場ではその後もティアが3曲歌い、もう1曲とせがまれ、結局その日は5曲を歌った。
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