ご主人-06




* * * * * * * * *





「はい」


「はいって」


「犬、おった!」


「あ、うん……有難う。犬を見せてくれたのね。なんか、ごめん。色々気を付ける」


「気を付ける? 噛まんよこいつ。ジェイソンがおると、どうぶつはおとなしいどうぶつになる」


「あ、う、うん? 本当に有難う」


 キャラバンがオアシスに到着した時、既にレオンは町の入り口で待っていた。毛足の短い白い犬が、レオンの横でとても迷惑そうに佇んでいる。


 犬が見たいと言ったのではなかったが、ティアはレオンに礼を言い、犬の頭を撫でてやる。犬はそれを帰ってよしの合図と捉え、どこかへと消えて行った。


 キャラバンは商店通りへと向かい、そこで荷物を下ろし、仕入を行い、また別の町へと向かう。ティアとレオンはキャラバンに別れを告げ、今日泊まる宿を探し始めた。


「へいらしゃい屋さん少ないね」


「ん?」


「今までへいらしゃい屋さんばっかしやったけん」


「えっと、いらっしゃいませって意味、分かるかな? それと同じ、来てくださいって意味よ。今までの町でも聞いたでしょ」


 ティアが「へい、いらっしゃい」の意味を教えたところ、レオンは目を真ん丸に見開いて驚いた。

 そろそろ次の町で「へい、いらっしゃい」を買って貰えないかおねだりしてみようと考えていたのだ。


「そんな顔されても……」


「おれ、なんかおいしい野菜かち思っとった」


「野菜が好きなの?」


「うん。ハモテーとか、アボラゲとか」


「ハ……? えっと、聞いた事ない名前だわ」


「あのね、これと同じ色でね、口の中がしょぼしょぼするやつ」


「口の中が、何って?」


 レオンは自身のバックパックの緑色を指す。


 薄緑色の野菜は多い。さらに口がしょぼしょぼなどという、あまり美味しそうには聞こえない表現に共感も出来ない。


 何なのかさっぱり分からず考えていると、レオンが「あった!」と言って1軒の店へと走っていく。


 しかし、その店は乾物屋であり、少なくとも生野菜は見当たらない。


「これ! おれこれ好き!」


「それ……油揚げ?」


「アボラゲ! これ土に埋めたら生えてくる!」


 レオンが目を輝かせて指し示したのは、編みカゴに入れられた大量の油揚げだった。


「それは野菜じゃなくて」


「え、これ肉なん!?」


「いや、野菜じゃないものは肉ってわけでもなくて。それは大豆を使って作った食べ物なの」


「……地面に埋めても芽出らんと?」


「うん」


 レオンはまた目を大きく見開き、驚愕の表情でティアを見上げる。


「そんな目しなくても……野菜じゃなくても食べ物に違いはないから。買ってあげる」


「……ピッピラ、みんなこれ野菜ち思っとる」


「えっ!?」


「土に植えても芽が出んけ、どうしたらいいんかねっち考えよった。どしたら種できるんかねっち」


 恐らく獣人族と交易している商人が売れなくなると困ると思い、テキトーな事を言ったのだろう。


 油揚げが大豆の加工品である事を教えると、レオンはまたもや目を真ん丸にして驚く。ティアが苦笑いしながら油揚げを買ってやろうとした時、レオンがまた走り出した。


「ご主人! あれ! ハモテーあった!」


「えっ」


 レオンが突進するように向かう先にあったのは、多肉植物のサボテンだった。

 レオンはその勢いのままおもむろに靴を脱ぎ、サボテンの平たい茎の1つをはたき落とす。


「ちょっと!」


 おそらく誰の所有物というわけでもない。しかし好物だからと勝手に切ったり抜いたりしてはいけない。

 ティアはレオンが人族のルールに疎い事を思い出し、ため息交じりで駆け寄る。


 レオンはサボテンのトゲを器用に避けて表皮を剥がし、瑞々しい果肉を千切って口に入れるところだった。

 トゲで切った指はジェイソンがせっせと舐めて治している。


「んー、おいし。ご主人も食べる?」


「レオン、町の外ならいいけれど、町の中に生えているものは勝手に取ったり切ったりしちゃだめ。動物もよ。そういう決まりなの」


「そうなん? おこられる? おれ、物盗りならずもの?」


「どろぼうは怒られるよ、悪い事だから。とりあえず、こっち見てる人に謝って」


「お、おれならずもの……」


 そう呟くレオンの顔は、まるでこの世の終わりかのようだ。


 ティアが顔面蒼白のレオンに頭を下げさせ、自身も頭を下げた後、申し訳ございませんでしたと付け加える。

 ご主人が謝った事がよほど堪えたのか、レオンは行動の前に必ずティアへと確認を取ると約束した。


「これ、どしたらいい? おれならずもの、どしたらいい? ただしいもの、どしたらもどれる? おれ処刑?」


「今回は許されたから、ならずものは保留。サボテンは置いてたらまた生えてくるよ。茎に引っ付けてあげて」


「そうなん! すごいね! ほりゅうっち何?」


「次に同じ事やったらならず者になるよって事」


 ティアはまだしばらく大変だと笑いながらため息をついた。

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