待ち人

 友達と駆け回る子どもたちを目にして、ふと、思い出したことがある。私が人間だったとき、希薄な人間関係の中に、一人だけ親しかった友がいたような気がする。小学生の頃から、いや、もう記憶にないくらい幼い頃から、幼馴染みとして側にいてくれた友人がいた。

 友人は何になったっけ?――――あぁ、そうだ、医者になったんだ。

 懐かしいなぁ。大学、それと国家試験合格の時には盛大に祝ったなぁ。

 元気にしているかな。私は元気だよ。心が自由を手にして、毎日が楽しい。最近は昼間に眠ってしまうから、殆どハヤブサでいる気がする。昼間の公園は静かで心地よくて、よく眠れる。雨が降っていても、ドーム状の遊具や屋根付きのベンチで休めるし、子どもの賑やかな声も嫌いじゃない。

 でも、人間に戻ってしまうと、喪失感を覚えるのは、相変わらずだ。未来への不安と焦燥、過去への未練と後悔。身体は怠くて重くて鬱陶しくて、動かない。人間であることを忘れるために、意識を眠りに費やした。覚えていない、知らないことが、私に幸せをもたらしてくれるから。


 そう言えば、友人の勤める病院に通っていたことがあったなぁ。何かの病気や怪我だったか、毎日のように私は病院にいた。そして、友人は毎日のように病室に来て、話をしていた気がする。

 あれ?毎日のように、、に――――――?

 突然、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。息が苦しく、目の前が霞んで見える。私が今までに見ていた景色が幻だったかのように、バグを起こした機械のように、目の前が崩れていく。


 ――――自由?あぁ、私は自由と現実逃避を履き違えていたかもしれない。

 自由は永遠だけど、現実逃避は一瞬だ。今、こうして崩れかかっているのは、私が見ていた景色が虚像に過ぎなかったからなのかもしれない。


 でも、私はハヤブサ。ハヤブサは自由で、私は確かに大空の中で羽ばたいていた。人間である内は、忘れたくても忘れられないことが数え切れないほどあった。忘れることが簡単なことではないことを知っている。だから、私がハヤブサになっていたことも、すべてを忘れて目にした美しい景色も、虚像なんかではない。


 人間とハヤブサが対立している。夢と現実の狭間で、疑いの気持ちと信じたい気持ちが拮抗している。葛藤している。だが、それも一瞬のこと。


 ――――あぁ、やっぱり、事実なんて、何だって良い。


 早く、帰らないと。私を待ってくれている人がいる。

 途端に寂しさを感じてやまない。

 会いたい。

 私を求めてくれている、誰かに会いたい。

 話をしたい。

 私を認めてくれた、かけがえのない人。

 あの人は泣き虫だから、私が守ってあげないと。


 帰らないと。

 友人が、待ってくれているから――――。


 ◇


 その瞬間、景色がすべて崩れ落ちて、世界が真っ白になった。身体はもう、動かなかった。

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