《捜索》

 彼女が病室を抜け出してから、一秒、一分、一時間、と時間が経っていく。本人は気がついていないかもしれないが、身体の麻痺、感覚の喪失も進んでいるはずだ。助けを求められない場所で倒れる前に、見つけないと。


 警察には既に連絡した。

 家族――――彼女の母親に連絡したが、返信はなかった。縁を切ったと言っていたから、会いに来ることもないかもしれない。彼女には母親しかいないから、他に連絡しようがない。


 彼女はこの二日間を、一体どれほどに感じているのだろうか。

 僕は長く感じて仕方がない。もう、話をすることも、会うことも出来ないのではないか、と考えると不安で仕方がない。彼女は幻覚を見ていてもなお、輝きを忘れていなかったのに、輝きどころか僕は今にも気を失いそうだ。

 確か、「身体が軽くなる」と話していただろうか。僕は真逆だ。手や足に、重力が纏わり付いて、重くて怠くて、歩くことを諦めてしまいたい。

 どこにいるのだろうか。

 当てもなく、手探りで彼女を探す。僕は電車に揺られながら、静かに目を閉じて、無理矢理、眠れない頭を闇に放り込んだ。それでも、僕の頭から彼女のことが離れない。


 彼女はどうやって街を離れたのだろうか。彼女が言っていたとおりに、ハヤブサにでもなって空を飛んでいるのだろうか。いや、そんなこと、あるわけがない。でも、だとしたらどうやって――――?

 本当に、おかしくなりそう。

 彼女に会えないのではないかと考える恐怖と、答えの出ない問がぐるぐると頭の中で回り始める気持ち悪さが交互に押し寄せた。そして時々、何事もなかったように、ふらっと僕の前に現れるのではないかと、期待して、期待が叶わない空しさを抱える。

 不安定な心を抱えたまま、僕は目的地である彼女の実家を前にした。


 ◆


 彼女の実家には、幼い頃に僕もよくお世話になった、彼女の母がいた。おばさんは快く僕を迎え入れてくれた。おばさんは僕の顔を見ても、嫌悪感を表すことはなかった。だから、一瞬、縁を切っただなんて嘘だったのではないかと疑った。

「今日はどうしたの?」

「おばさん、僕の連絡、見ましたか?」

「……あぁ、あの子のこと?失踪だなんて大袈裟だわぁ。大丈夫よ。あの子がこの家を出て行ったのも半分、家出のようなものだから。そのうち帰ってくるでしょう?」

「おばさん、家出だって言うなら、どうして引き止めなかったの?どうして心配してあげないの?どうして探しに行きもしないで、そんな受け身でいられるの?」

「ちょっと、ちょっと、どうしたの?今日は少し感情的ね。珍しいわねぇ」

「いいから、答えて」

 僕の焦燥を含んだ話し方もおばさんには全く響いていないようで、のんびりとした口調でおばさんは話す。そしてそのことに、僕は苛立ちを覚える。

 自分がよその家の事情に首を突っ込んでいることは分かってる。完全なる部外者だ。そう分かっていても、止められなかった。彼女のことを思うと、ここで怯んでいる場合ではなかった。

 おばさんは穏やかな目をしたまま表情を崩さない。それが少し気持ち悪い。

「――――あの子も、いらないの」

 おばさんが小さな声で呟く。僕に聞こえていないと思ってか、おばさんは僕の目を真っ直ぐに見ると、そのまま言葉を続けた。

「あの子は自立したの。私は母親だけど、だからこそ、あえてあの子を突き放したの。自分のことを自分で解決できるように。何でもかんでも人に頼ろうとするのを変えるために。この先、一人でも解決できるように、立ち上がれるように。そうやって、を願って、縁を切ったの。――――あの子から聞いてない?」

「なに、それ」

「あら、あの子、何も話してないのね。でもまぁ、そういうことだから、きっとそのうち帰ってくるわ。なにより、あの子は自立してい――――」

 聞きたくない。

「おばさんにとっては要らない子でも、子どもにとって親が不必要なわけがない」

「そうね、でも仕方がな――」

 聞きたくない。

「自分の娘が、死にかけてるって言っても、同じことが言えるの?」

「そうね、だって私――」

 聞きたくない。

「ひどい」

「それも、仕方がないことよ」

 聞きたくない、と思いつつも、私の耳は言葉を拾う。


「人間が嫌いなんだもの。嘘つきで、自分勝手で、気持ち悪い。私が酷い人間でも、仕方がないでしょう?」


 意味が分からない。でも、きっと、言葉以上の意味は存在していない。

 今なら私、彼女の気持ちが分かる気がする。

 孤独で、不安で、居場所がない。

 妄想でも、幻覚でも、目の前にある幸せに縋りたい。


 そうでないと、死んでしまいそうだ。

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