第2話 チビ虎対カラス

 はっ


 何処だここは。頭がボーッとして霧がかかったようだ。

 俺は、森の中にいたはず。人間どもが、湧いてきたから離れようとしたんだ。そうしたら急に全身に痛みが走って、目の前が暗くなった。


 何だここは! 木が無い。森の中じゃないぞ。

 それに、このチビども! 俺の周りでのたうち回っている。


 

 ここは、日本のある住宅街にある小さな空き地。一匹の雌猫が六匹の子猫を産んだ。

 産んでから、一週間が経っていた。子猫達は母猫のお乳を吸うためにその懐に潜り込んでいた。

 この時、その中の一匹の子猫の目が開いた。それと同時に、この子猫に、森の中で皆に畏れられて暮らしていた記憶がまざまざと甦った。

 このチビ子猫こそ、あの森で最強とおそれられたアムール虎の生まれ変わりであった。

 

 それにしても、隣のチビチビ、ビシビシ俺を蹴ってくるな。後ろの奴も当たってくるし。ああわずらわしい、軽く吠えてビビらせてやる。


 「ミ~~~ッ」


 え、なにこれ、声が出ない。吠えられない。って、えええ、なんてこった。オレもチビだ!


 それから、チビのもと虎、チビ虎は何度も何度も、声をあげて吠えようとした。しかし、か細い声しかだすことができず、やがて疲れてへたりこんだ。

 その時、誰かに頭を舐められた。チビ虎は、顔をあげると母猫が優しく頭を舐めていた。

 

 「母ちゃん」

 そうだ、母ちゃんだ。

 チビ虎は、この雌猫から産まれてきたことを思い出した。

 チビ虎は、とりあえずチビたちの中に潜り込んで母のお乳を吸った。

 

 空き地には、母猫と子猫達以外に他の猫はいなかった。

 日中、母が何処かに餌を探しにいってる間、子猫達はへいに立て掛けてある板の隙間に、かたまって隠れていた。

 ただ、チビ虎は一匹だけで皆と離れて、空き地の真ん中で、吠える練習をしていた。

 一月ぐらいして、歯がはえだしてきた頃、相変わらずできもしないのに、吠える練習をしていた時だった。殺気を感じた。その方を見ると、塀の上に真っ黒い大きな鳥が留まっていた。カラスだった。

 カラスは、子猫を襲って目玉とか舌を食う。

 このカラスも、明らかに、チビ虎を狙っていた。


 コイツ、俺を狙っているな。デカイ、多分、俺よりデカイだろうな。それに、あのくちばしは鋭くて大きい。あれは、気をつけないとやばいな。

 

 カラスは、翼を広げて飛び立とうとして甲高い声をあげた。

 チビ虎は、体を低くして身構えた。

 ところが、カラスはピタッと動きを止めた。

 カラスが襲ってこないで、下をじっと見てるので、チビ虎は、どうしたんだろうと思ったが、あっと気がついた。

 塀に立て掛けてある板の下で、チビ猫達がカラスの声に反応して鳴き出したのだった。

 カラスは、それに気付いて子猫達の方に狙いを変えたのだ。

 チビ虎も、カラスが子猫達を狙っているのに気付いて、やばいと思って飛びだした。

 カラスは、塀から降りると、板の下に入って行った。チビ猫達は、カラスが入ってきても反応しないで、ただ皆でかたまって鳴いているだけだった。

 カラスは、一番手前の子猫の頭をつついた。子猫はカラスの方に顔を向けた。カラスは、子猫の目玉をえぐり取ろうとくちばしを向けた。その時、チビ虎がカラスに飛び掛かった。

 カラスは、驚いて羽を広げてチビ虎を振り落とした。そして、チビ虎の方に向き直すと、チビ虎に襲いかかった。

 チビ虎は、カラスのくちばしをかわすとその首に噛みついた。

 しかし、生えてきたばかりの歯では、カラスの羽毛を突き抜けることはできなかった。

 

 くそっ、駄目か


 チビ虎は、カラスの動きをじっと見た。カラスは、嘴でしか攻撃してこないので、動きを捉えたら何とかなると考えた。

 カラスは、何回も羽を広げて威嚇しては、嘴で攻撃してきた。チビ虎は、カラスの威嚇なぞ屁とも思わない。嘴攻撃もことごとくかわしていった。

 そして、ついに、カラスがチビ虎の頭を狙ってきた時、紙一重で避けると同時に右前足を振り上げてカラスの左目に爪を立てた。

 カラスは、悲鳴ともつかない鳴き声をあげて、羽をばたつかせ逃げた。

 チビ虎は、勝ったと思って一息ついた。

 そして、子猫達を見た。四匹しかいない。一匹いない。チビ虎が覚醒した時にチビ虎をビシビシ蹴ってきてた一番小さいチビチビがいない。

 すると、立て掛けてある板の向こう側からカラスの声がした。

 チビ虎は、急いで板の反対側から出た。そこで、カラスがチビチビを足で鷲掴みに押さえ込み、チビチビをついばんでいるのを見た。

 チビ虎は、カラスに飛び掛かった。カラスは、チビ虎を避けるように跳ねあがると、そのまま飛び去っていった。

 チビチビは、既に息をしていなかった。

 チビ虎は、自分の無力さを身に染みて感じた。そして、悲しむ母ちゃんの姿が脳裏に浮かんだ。



 

 


 



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る