第3話 チビ虎VS小学生

 藤木悠人ふじきはると、小学五年生には、朝、学校に行く時、怖い道があった。

 ある大きな家の前を通る時、必ず犬が吠えるのだ。大きくて黒い犬が、噛みついてきそうな勢いで激しく吠えてくるので怖くて仕方がない。

 もちろん、シャッターのパイプの格子の中から吠えるから噛みつかれる事は無いけど、悠人は、いつも出来るだけ離れて小走りで走り抜ける。

 この道を通らないと、だいぶ遠回りをしないといけなくなるので、多くの小学生がこの道を通って怖い目に遭っていた。

 それにある時、悠人は気色悪いものを見た。

 吠える犬から走って逃げる時、ふと二階を見たら窓から若い男の人がこちらを見て笑っていた。

 犬に吠えられて逃げる人を見て面白がっているんだ、と悠人は思った。

 学校に着いてから皆にその話をすると、男の人を見たと言う子は、何人もいた。

「あいつ、ボンボンらしいぜ、母ちゃんが言ってた」

「お家がすげぇ金持ちなんだろ」

「それに、犬がやたら吠えるのは、ストレスが溜まってるからだって」

「それって散歩に連れてって無いからだろ」

「ボンボンが連れってやったらいいじゃないかよ」


 先生がくるまで、皆の文句が終わらなかった。

 

 学校からの帰りは、犬を避けるために、遠回りをしなければならなかった。

 でもそのお陰で悠人は、一匹の子猫を見付けた。一目見て心を奪われた。その子猫は、模様が虎みたいでとにかくかっこよかった。

 悠人は、密かにチビ虎と呼んだ。

 その子猫は、あの森で最強のアムール虎の生まれ変わりのチビ虎である。

 この頃、子猫達は母猫にお乳を貰いながら、狩りのしかたを教わっていた。

 といっても、空地では虫を捕まえるぐらいしかなかったが。

 それでも、子猫達は、バッタを捕まえるのにも苦労していた。チビ虎は、初めから前足の一振りでバッタを押さえ込んでいた。

 悠人が、見に行くとチビ虎は、いつも鳴いていた。

 チビ虎は、森で他の野獣達を震え上がらせた吠え声を出す感覚を取り戻そうと懸命だった。

 悠人は、いつも小一時間ぐらいチビ虎を見ていた。もう一週間ぐらい続いていた。

 チビ虎も、人間の子供が毎日来ているのには、気付いていたが、害はない様なので放っておいた。

 ある日悠人は、給食のコッペパンを食べずに持って帰ってきた。チビ虎にあげるつもりだった。 

 悠人は、コッペパンを半分に割ってチビ虎の前に投げこんだ。チビ虎は、チラッとみたが無視した。

 そこに他の子猫がやって来て、パンを咥えると走って行ってしまった。

 悠人は、残りの半分もチビ虎の前に投げ入れた。やっぱり知らぬ存ぜぬだった。また、他の子猫がやって来てパンを持って行ってしまった。

 何で食べないんだろうと悠人は、悔しかった。

 また、次の日、悠人は給食の食パンをチビ虎に持って行った。しかし、やっぱり食べなかった。

 次の日、給食を見て、あっと思った。ウインナーソーセージがあった。これなら食べるだろうと、悠人は、食べたいのを我慢してチビ虎に持って行った。

 ソーセージを包んでるビニールをいて、一口大に千切ってチビ虎の前に投げ入れた。

 チビ虎は、肉の匂いに反応して思わず嘗めた。そして、口の中に入れた。久しぶりに肉を食べて美味しかった。

 やった、食べた。悠人は、嬉しかった。そして、残りのソーセージも千切ってあげた。

 チビ虎は、ソーセージを食べていると何か嬉しくなってきた。そうしたらゴロゴロと喉が鳴った。


 あっ何だこれ、なんか声が喉にひっかっかっていい感じだ。


 チビ虎が喉を鳴らしたのは、初めてだった。すると吠える感じが掴めそうだったので、何度も鳴らしてみた。

 悠人は、遂にチビ虎が食べてくれたのでウキウキで家に帰った。そして、明日は何を持って行こうかと考えたら、冷蔵庫に何時も魚肉ソーセージがあることに気がついた。


 次の朝、悠人はどうやってお母さんに魚肉ソーセージを貰おうか考えていたが、面倒くさくなって、お母さんが居ない時に冷蔵庫から抜き取ることにした。

 そして、朝ご飯を食べながらお母さんの様子を窺っていたら、お母さんが部屋を出た。今だと思い悠人は、冷蔵庫の扉を開けて、魚肉ソーセージを取り出した。

 そして、冷蔵庫の扉を閉めたら、お母さんが立っていた。悠人は、ギョッとした。

 

「悠人、どうするのそれ」


 悠人は、何も考えていなかったので言葉に詰まった。


「がっ学校で食べる」


 お母さんは、悠人の様子がおかしいので優しく問い詰めた。


「悠人、怒らないから本当の事言ってごらん」


「空地の猫にあげる」


何だそんなことかとお母さんは

思ったが、ふと気付いて。


「確か、ソーセージとかお肉の加工食品は、塩分が強過ぎて猫には毒だったんじゃないかしら」

「玉ねぎとかニンニクは、絶対食べさせてはいけないし」


 悠人は、それを聞いてドキッとした。


「えっ、そうなの」


 悠人は、昨日、チビ虎にソーセージをあげてしまって大丈夫かなと思った。


 その日の学校からの帰りだった。悠人は、何をチビ虎にあげたらいいか分からなくなって、今日は何も持って帰っていなかった。

 

「藤木」


 後ろから名前を呼ばれたので振り向いたら同じクラスの男の子が三人いた。その中の山下壮介が話しかけてきた。


「俺達これからサッカーしに行くんだけど三人しかいないから、お前もいかないか」

「えっ、いや、俺、チビ虎のとこ行くから」

「何、チビ虎って?」

「模様が虎みたいでスッゴいかっこいい子猫がいるんだ」

「まじか、じゃあ俺達もいくよ、場所どこ?」

「三丁目の空地だけど」

「俺んちの近く通るじゃん、じゃあ猫のおやつのササミ持っていってやるよ。俺んち猫飼ってるから」


 悠人は、そうか猫用の食い物が有るのか、山下ありがとうと思った。

 

 悠人達四人は、チビ虎の空地にやって来た。すると、子猫達はキャットフードを食べていた。子猫達を見かけた近所のおばさんが、子猫達に持ってきたものだった。

 チビ虎は、それは食べずに子猫達の横でダミ声で鳴いていた。ずっと吠える声が出せるように試行錯誤していて声が潰れているようだった。


「おおっ、本当だ、かっけー」


 悠人達は、チビ虎と少し離れてしゃがんだ。山下壮介は、家から持ってきたササミを手に持ってチビ虎の方に手を伸ばしたが、チビ虎は、見向きもせず無視した。


「あれ、食べない」


 何回やっても食べようとしないのでチビ虎の前に放り出した。

 悠人は、そのササミを手に持ってチビ虎の前に置き直した。

 すると、チビ虎は、ササミを口にした。


「食べた」

「スゲェ藤木がやったら食べるんだな」


 悠人は、少し誇らしかった。

 その時、犬の吠え声が、けたたましく鳴り響いた。

 四人は、口から心臓が飛びでるかと思うほど驚いて立ち上がり、後ろを見た。

 あの黒い大きな犬が子猫達に向かって激しく吠えていた。それとボンボン。

 子猫達は、あわてふためいて逃げ出した。

 悠人達も叫び声をあげて飛び出した。

 逃げる途中、ボンボンを見ると、やっぱり笑っていた。

 そして、目線を下に移すと、アッと声を出して足を止めた。

 チビ虎は、逃げることもせず、平然とササミを食べていた。

 黒い犬は、首を下げてチビ虎に向かって烈火のごとく吠えているのに、チビ虎は、平然と食べていた。

 他の小学生三人も立ち止まってチビ虎を見た。


「スゲェあいつ、全然逃げようとしない」

「怖くないのか、バカなのか」

 

 チビ虎の母猫が奥から飛び出してきた。悠人も怖いけどチビ虎の方に歩き出した。

 すると悠人は、黒い犬の様子がおかしいのに気付いた。黒い犬は、ピタリと鳴くのを止めた。

 この時、チビ虎は、黒い犬に向かって歯を剥き出して唸り声を出していた。

 そして、息を吸い込み、口を大きく開けると、吠えた。その声は大気を振動させ、悠人も身体が痺れるのがわかった。明らかに、その声は猫の鳴き声とは異質な獣の声に思えた。

 母猫もピタッと動きを止めた。

 黒い犬も一瞬、体が硬直して後ずさりした。

 ボンボンの顔からは笑いが消え、黒い犬を引っ張って離れて行った。

 小学生三人は、悠人のとこにやって来て話しかけた。


「すげぇな、こいつ。犬に勝ったぞ」


 チビ虎は、虎の吠え声を出す感覚を掴んだと思って高揚していた。

 そして、またササミを食べ出した。

 








 


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