学校

 昨日は星谷ほしたにさんと帰ることができて、今日の私は少し舞い上がっていた。

 もしかして今日も一緒に帰れるのではないか、そんな期待を抱きながら学校生活を過ごしていく。一回一緒に帰っただけなのに。

 授業中も休み時間も、私の目は自然と星谷さんの方へ向いてしまう。

 授業の星谷さんはずっと真面目に板書を写して、先生の話を聞いている。伸ばされた背筋は微動だにせず、たまにシャーペンを唇に当てて考え事をしている。私とは大違いだ。

 私なんていつも教科書とノートは開いているだけだ。今は星谷さんを見ているけど。

 そんな風に授業を終えて、休み時間。

 星谷さんは席を立ち上がる。トイレに行くのだろうか? さすがに後をつけることはしないけど。

 もし、星谷さんが戻って来た時に私がいなかったら、星谷は私を探してくれるのだろうか?

 昨日初めて話しただけなのに、もうそんなことを考えてしまう自分が少し気持ち悪い。

 でも、試してみたかった。私はやっぱり変な人なんだろう。

 星谷さんは今さっき出ていったばっかり、今なら抜け出しても鉢合うことは無い。私は重たくなってきた身体を持ち上げで保健室へ向かう。

 廊下を歩く他の生徒達を避けながら保健室へ向かう。星谷さんが初めて触れてくれた踊り場を過ぎて、階段を下り切り、渡り廊下を進む。辿り着いた保健室のドアを開けると。

「あれ、天霧あまぎりさん?」

「え、あ……」

 思わず声が詰まってしまう。保健室には星谷さんがいた。まさか星谷さんが保険室にいるとは思わなかった。どうしよう、なんて言おう。

「もしかしてまた体調が悪いの?」

 星谷さんが私を気遣ってくれる。なんて答えるべきか。たまたま来ただけ、と誤魔化して教室に戻るべきか、保健室で休ませてもらうべきか。

 もしここで教室に戻るを選んだら星谷さんと一緒に戻れるのだろうか、でもそれをしてしまうと、もしかしてサボりに来たのでは? と疑われてしまう可能性がある。私は保健委員でもなんでもないから、たまたま来ただけ、で誤魔化すことはできない。

 そうなってしまうともう嘘をついて保健室で休ませてもらうしか選択肢はない。

「ああ、ちょっとね。身体が重たいんだ」

 仕方がない。他の生徒が相手なら、なんと思われても別にいいから適当に誤魔化していたんだろうけど、相手は星谷さんだ。変に誤魔化したのがバレて嫌われたくない。

 だから私は罪悪感を押し殺して辛そうな表情を浮かべる。今までサボる時はここまで苦しくは無かったし、平気で嘘をつけた。でも星谷さんが相手だととても苦しい。それでも嫌われるかも、という恐怖に比べたらこの苦しみは長く続かないだろう。

「無理はしないでね。先生、天霧さん体調悪いみたいです」

 星谷さんが事情を話してくれる。これですんなりと休むことができる。

 ――星谷さんを利用してしまった。

 昨日の、星谷さんを知る前の私ならほくそえんでいただろう。でも今は星谷さんに嘘をついて、利用してしまった罪悪感だけが私を満たす。そのおかげ本当に気分が悪くなってきた。

 ――おかげだと思ってしまった。

 だめだ、これ以上考えてしまう前に早く寝てしまおう。そうすれば嫌な気持ちも治まってくれるだろうから。

 だけど、そんなことを考えていたせいかまったく眠れなかった。ただただ気分が悪いだけ。最悪だ。

 こんな気分になるのなら、大人しく授業を受けていた方がよかった。欲をかいた結果がこれだ。

 今までこんな気持ちにならなかったのに、こんな感情になったのは初めてだ。これも全て星谷さんのおかげ。そう思えば少しだけ、心が軽くなる。

 いつまで待てばいいのだろう。星谷さんが迎えに来てくれたらすぐに戻るのに。

 蛍光灯の光に目を細めながら、私はただ無駄に時間を使う。

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