第一試練32 胡散臭い好青年
昨夜の明石海峡大橋崩壊の情報はすでに鳴門市中に届いていた。
市内の参加者の多くが積極的に情報の交換を行なっている。
顔馴染みになってしまうとこの先の試練でやりづらい場面が出そうだが、皆誰がやったのか不安がっていた。
秋灯が止まるホテルもロビーに十人ほど参加者が集まっている。
それぞれが小さなグループを作って談笑していた。
「昨日の見たか?あの規模の橋を壊せるやつがいるなんて、やっぱり魔術だっけか、使えるやつがいるんだな」
「それよりもどうして壊せるのよ。時間が止まっているはずなのに・・・橋全体の解凍をしたってこと?」
「いや指定できる範囲が全然足りないだろ。それこそ何百人でやっても足りないはずだぞ。あれはきっと神様側、運営が試練のイベントとしてやったんだろ」
秋灯は眠気覚ましにコーヒーを飲みながらロビーのソファに座り聞き耳を立てている。
なるほど、昨日の出来事は参加者ではなく運営側がやったことと結論づけている人が多いようだ。
時間解凍について広範囲を指定できることはあまり知られていないのかもしれない。
やり方さえ覚えれば意外と簡単なんだけど。
まだ寝起きで目がトロンとした表情のまま、内心でほくそ笑む。
昨日の罪悪感は綺麗さっぱり消え、秋灯は口元がニヤつきそうになるのを我慢していた。
「マスクを持ってくれば良かったな」
「隣いいかい?」
突然声をかけられる。
見た目、歳が同じくらいの好青年。目鼻立ちが整っており真っ白な歯がにやりと輝いている。
そして髪の毛が濃い金色だった。
「・・あぁ、どうぞ」
怪しさを感じるため秋灯は一瞬躊躇ったが、空いている目の前の椅子を勧める。
話しかけてきたということは昨夜の情報収集か何かだろうか。
それにしても顔の作りは日本人だが、金髪がよく馴染んでいる。
試練の前に自分で染めたんだろうか。
「失礼させてもらうよ。もしかして仲間を待ってたりしたかい?」
「まだ部屋で寝てるので特に待ってないですよ」
「そうかい、それは良かった。昨夜の出来事について聞いて回ってるんだけど、君は何か知っていたりしないかい?」
やはりそうか。
予想していた通りの内容だったが、内心ドキリとしてしまう。
「いえ、特には。確か昨日の夜に橋が崩壊したみたいですよね。音がすごくて起きましたけど、あんなことができる参加者がいるなんて、魔法ってやつでしょうか?」
「いや、私の推察では橋の崩壊は直接的に行われていない。元々あの橋は切断されていたからおそらく時間を動かした結果だろう。自重を支えることができず、自壊したのだろうね」
「それは難しくないですか?時間解凍できる範囲はすごく狭いですし、あの規模の解凍はできないと思いますが」
「reデバイスはおそらく範囲を拡張することができる。知り合いの参加者が範囲を広く指定しているのを見たことがあるんだ」
時間解凍の範囲拡張について気付いた者がいるのか。
残念と思いつつ、時間解凍をする場面を他の参加者に見られたら落橋の犯人として特定されてしまいそうなので安心した。
「じゃあその人が橋の解凍をしたんでしょうか?」
「いや、あの規模の範囲指定はまずできないらしいよ。拡張できる範囲はせいぜい部屋一室程度。無理すれば一軒家もできるみたいだけど脳みそが焼き切れそうと呟いていたね」
脳みそが焼き切れると言う表現にすごく共感できる。
昨日は秋灯自身脳みそがキリキリ焼き付くように痛んだ。
「でしたらやっぱり神様側が何かしたんじゃないですか。試練のイベントだって言っている人もいるみたいですし」
「そうだね、そこに落ち着くのが無難だ。けどね、私はその結論は怠慢だと感じるよ。受け入れ難い事実を神がやったと言うのはあまりにも楽天的だ。ここは時が止まった試練の世界だ。理外な出来事はこれからも多く起こるだろう。いちいち神がやったと思考を止めてしまっては試練を乗り越えることなどできない」
この青年、顔に似合わず躊躇なく毒を吐く。
先のテーブルで雑談していた他の参加者がきつい目を向けてくるが、俺まで睨むのはやめてほしい。
「君も神がやったとは考えていないのだろう?」
「いえ、俺は特には」
そりゃ、やったの俺ですから。
「隠さなくていいさ。目を見れば相手の感情くらい分かる。君も参加者の誰かがあの理外な出来事を引き起こしたと考えているのだろう。橋の切断だけならまだ理解の範疇だったが・・・」
青年は考え込むように手を顎に当てる。
さっきから喋っている口調やポーズが妙に胡散臭い。
イケメンだから様になっているが、秋灯がやったら失笑させるだろう。主に明音先輩に。
「あぁそうそう、自己紹介をしていなかったね。私の名前は九装煉華(くじょうれんか)。名前が女の子みたいだとよく言われるから九装と呼んでくれ。君の名前を聞いてもいいかな」
「鐘ヶ江秋灯といいます。こちらが聞いてばかりいて申し訳ありません」
「いいさ。私の方から声をかけたんだ、えーと秋灯とばせてもらっていいかい」
「はい、大丈夫ですよ。それでしたらこちらは九装さんと呼ばせていただきます」
「さんは、いらないのだけどね。秋灯も私と同じ高校生くらいだろう。歳も近そうだし敬語も不要だよ」
「そうです・・・そうか、分かった。俺達くらいの年齢はここだと珍しいのか?」
今まで出会った参加者は皆20代半ばから30代後半辺りが多い。
一番若くて大学生くらいだったので、同じ高校生とは初めて出会う。
いや、そういえば伊扇も高校生だった。見た目が幼いので勝手に除外していた。
「大体が大人の年齢の者が多いね。中には10代もいて声をかけてみたのだが、、すごく警戒されてしまってね。こうやって歳の近い参加者と話せていることを実は喜んでいたりするのだよ」
優雅にコーヒーを啜りながら最後にはにかんだ表情をする。
さも本音を言っているような雰囲気を醸し出すが。
「喋り方が胡散臭いからじゃないか?」
突っ込んでしまった。会話の節々でどうしても感じてしまう。
「ま、まだ話して数分なのにひどいな秋灯。私のどこが胡散臭いと言うんだい?」
「見た目と喋り方かな。あと最初の声の掛け方。10代に話しかけたらしいけど女の子だったんじゃないか?」
「えーと、そうだが」
「ナンパだと思われたんじゃない?あれで話しかけられた女の子は警戒するだろ」
目の前の青年、九装の顔が明らかにひきつる。
「気さくな青年を演じたつもりなのに」と小さく呟いている。
胡散臭さを感じたのはただ演じているだけだったのかもしれない。
「まぁそんな気にするなよ。元気出して行こうぜ」
落ち込んでしまった九装に励ましの言葉を掛ける。
なぜ俺は今会ったばかりの男を励ましているんだろう。
「そういえば橋を切断した人って分かってるのか?昨日の橋の崩壊はともかく、橋梁を真っ二つにできる人物も相当危なくない?」
思いだしたように話題を切り出す。秋灯が最も知りたかったこと。
あの橋を切断できるほどの力を持つ参加者について情報を集めたかった。
「それもよく分かっていないみたいだね。私は二週間程度で四国に着いたんだが、その時は特に何もされてなくて普通に通過できたよ。そこから数日経って四国へ到着する参加者が増えた頃に橋が切断されていたんだ。切断が見つかった翌日は鳴門市も今日みたいに噂で持ちきりだったが、結局犯人は見つかっていない」
「何人で行われたとかも分かっていないのか?あれは一人でやるには難しい規模だと思うんだけど」
「深夜に大規模な人数が橋に向かっていた、みたいな噂はあったけど正確な人数と顔はわからないな。私もだいぶ聞き込みをしてみたが、結局真相ははっきりしなかったよ」
九装は自分が集めた情報を特に隠すことなく話してくれる。
秋灯であればおいそれと人に伝えないのだが、九装にとってはそれほど価値がない情報みたいだ。
それから試練について四国までの道中あったことや時間が止まってから不便なことなど当たり障りのない会話を続ける。
今出会ったばかりの青年に対し、秋灯は警戒はすれど不快感なく会話できているなと感じる。
お互い踏み込みすぎず、かといって上べだけでなく本心も混ぜて喋っているからだろう。
九装の会話の距離感は秋灯にとって有り難かった。
「それでは私はもう少し情報を集めてみようと思う。久しぶりに同年代と喋れて嬉しかったよ」
雑談が一区切りし、九装が席を立つ。
「こちらこそためになる情報ばかりだった。何か分かったら今度はこっちから話しかけるよ」
「そうしてくれると嬉しい。どうやら私が話しかける姿は胡散臭いらしいからね」
先ほどの秋灯の発言を気にしているのか。
最後に歯を光らせ優雅にロビーを去っていく。そういう姿が胡散臭い。
それにしても好青年もとい九装煉華か。なんの目的で話しかけてきたのだろう。
ホテルの入り口からロビーの端っこにいる秋灯に向かって迷わず直進してきた。
他に昨日の噂話をしているグループはいくつかあったのに、そちらには目もくれなかった。
明らかに秋灯を狙って声を掛けてきていたが、年齢が近いから声をかけたと言うだけでもない気がする。
まさか昨日の時間解凍を見られていたのか。
遠く離れた場所から監視されていたのかもしれない。
秋灯は魔術についてさっぱり分からないが、真っ暗な中でも遠くをのぞき見できる魔術とかあるのかもしれない。
「厄介なやつに目をつけられたかな」
九装との会話は得るものが多かったが、それ以上に不安が募った。
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