第一試練31 明石海峡大橋崩壊
深夜の街。スケートボードのような何かに乗り、路面を蹴って滑走する。
足元には縦1m、横60cm程度の小さめな絨毯。
見た目は柔らかそうな質感だが、まったく形を変えることなく道路を滑る。
登り坂にも関わらず速度を落とさずぐんぐん進んでいく。
ちょうど淡路島の北端に位置する灯台が見えてきた。
秋灯は絨毯から降り、月明かりに照らされている明石海峡大橋を眺める。
ここなら橋の全景が確認できる。
あれから神様側に用意されていたホテルに入り、明音先輩を休ませた。
ホテルのロビーには、タッチ式の画面が何台もあり、reデバイスをかざすと自動で部屋が取得できた。
また、ホテルの中は従業員が一人もおらず各施設、食事処や温泉、プールなど全て自動で運営されていた。
他の参加者は数人見かけたが、お互い警戒しあっていて言葉を交わすことはなかった。
皆部屋に閉じこもっているのかもしれない。
ホテル内には電灯や空調、給湯設備などインフラが整っていた。
夜18時以降も部屋が明るいことが久しぶりで、この一ヶ月間文化的生活から外れていたことを実感した。
設備について気になって電気室や機械室など探して見たが、それらしき部屋は見つけることはできなかった。
一体どうやってホテルを運営しているのか分からないが、神様パワーでなんでもできるのかもしれない。
料理について部屋に備え付けられたタッチパネルで注文したが、給仕型のロボットが運んできたことには驚いた。
都内などのファミリーレストランでは時々見かけたが、神様の試練で目にすると違和感しかない。
そのほか、部屋が電子錠だったり声を掛けたら自動で反応するグー〇ルホームがあったり異質なハイテク感を滲ませるホテルだった。
夜間の警備用のロボットがいたのでセキュリティーには安心できたが。
これなら明音先輩の横にずっといなくても気兼ねなく休ませることができる。
深夜。明音先輩、伊扇の二人が寝たのを見計らってホテルから抜け出してきた。
途中見つけた絨毯の座標解凍ーー摩擦を無くし移動させられるーーを行い、それに乗って移動する。
これから実行することは二人にも他の参加者にも知られるわけにはいかない。
鳴門市内から出ることに不安を感じるが、それでも今やならければ意味がなかった。
「知ったら責められるかもな」
明音先輩には幻滅されるかもしれない。
扇には怖がられるかもしれない。
ここに来るまでずっとそんなことを考えていた。
秋灯は灯台のさらに奥。侵入防止用の柵を超え崖の先まで近づく。
見下ろす形で明石海峡大橋を視界に収め、空間の把握に意識を割く。
もし人がいたら危害を加えてしまう可能性があるため入念に索敵を行う。
自分が今いる場所から意識を広げる。淡路島の北部から明石海峡大橋、そして橋の向こう側の神戸市まで。今まで索敵した中で一番範囲が広い。頭がキリキリ締め付けられる。
頭痛と吐き気が襲ってきて、痛みに耐えるように秋灯は片目を瞑る。
淡路島には人がいない。神戸市には数人参加者を確認できたが、影響する範囲にはいなさそうだ。
試練の規定は参加者同士の争いを禁止している。故意に直接暴力を振るうことはできない。
だが橋梁の切断のように間接的な妨害行為なら許されていた。
橋が今も切断されたまま放置されているのはそれが規定に反しないからだろう。
秋灯が残り4日もあるのに橋を飛ぶことを強行した理由。
今まで明音先輩の体調を優先させてきたが今日に限ってなぜ無理をさせたか。
四国側からの監視している目もそうだが一番の理由は、この橋を崩落させて四国へ着いていない参加者たちを妨害するためだった。
吊り橋は2本のケーブル、そして路面を支える桁によって自重を分散している。
それが橋の中央、最も力が加わる箇所で切断されている。
時間の停止を解けばケーブルを固定するアンカーブロックは引張力から解放され、ケーブルを繋ぐ主塔も橋の中央に向かって傾く。力を逃せなくなった橋は自然と自重でもって自壊していく。
少なくとも人が簡単に通ることはできなくなる。
皇居から鳴門市まで約650km。
人は一日30km程度ならギリギリ歩けるが、それを一日も欠かさず歩くことは普段歩き慣れていない現代人は難しい。
試練のこの30日という期間はおそらく今の人がギリギリ鳴門市へ到達するか否かの期間として設定されている。魔力を持たず、アスリートでもない普通の人間。
残り四日間でおそらく数人、数十人の参加者が四国まで到達するだろう。
秋灯としては明音先輩や伊扇の敵となる他の参加者を蹴落とす絶好の機会だった。
「座標軸固定・・・完了.認識拡張・・・完了.立体展開・・・・・完了」
明石海峡大橋全域、それを支える地面に至るまで範囲を指定する。
日本の誇れる建設物を壊すことに申し訳なさを感じるが、それでも秋灯は時間解凍を進める。
「記憶開始・・・・・・・完了.アンチフリーズ」
デバイスの点滅と共に橋梁からガラス片のような結晶が空へ舞う。
一瞬で掻き消えたそれは橋梁の時間が解凍された合図のように感じられた。
数秒、動きがなく止まっていた橋梁から金属の軋む音が鳴りだす。
ブツブツとケーブルが切れる音と共に二本の主塔が中央へ向かって傾いていく。
ケーブルが固定されていたアンカーブロックが地面から掘り起こされ地中に埋もれていた部分が露出する。
海面に橋梁の部材がポロポロと落ちていき、自壊が進む。
「ごめんなさい」
誰に言ったのか秋灯は小さく呟いた。
橋を見つめること30分ほど。
地響きのような轟音を撒き散らし続け、ようやく崩壊が止まった。
橋の切断面は海面に浸かりきり、主塔は斜めになったまま動きを止め、
路面は所々海面に落下し、橋の原型はわかるものの、すでに人が渡ることはできなくなっていた。
秋灯がいる場所は時間が止まっているから良かったものの、もし動いていたらこちらの島まで被害が及んでいただろう。
崩壊が終わったことを確認し、秋灯はその場から逃げるように去った。
一旦島内の民家に隠れ、轟音を察知して駆けつけた他の参加者に紛れる。
秋灯は無性に明音先輩の顔が見たくなった。
罪悪感を隠しながらホテルを目指した。
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