第一試練28 明石海峡大橋切断

明石海峡大橋。

神戸市と淡路島を結ぶ世界最長の吊り橋。

ケーブルを支える2本の主塔は東京タワーとほぼ同じ高さであり、橋長は約4km程度。

1988年に工事が始まり、5000億円の費用が投じられ、約10年の歳月がかけられ完成に至った。

明石海峡は潮流が早く厳しい自然条件の中、当時の技術が結集され建設された。


そんな日本を代表するような歴史ある吊り橋が主塔間のちょうど真ん中あたりで切断されていた。


「どうやってこんなことを?」


秋灯達はベッドに乗り、まっすぐ延びている明石海峡大橋の上を滑走していた。

渦潮や空の景色を堪能しながら順調に進んでいたと思ったが、なぜか橋梁が寸断されている。

車両用の路面部分だけでなく、その下の桁部分。また主塔を繋いでいる2本のケーブルに至るまできれいに切り取られ、海面には落下した橋の残骸が確認できる。

向こう岸、という言い方であっているか分からないが、切り取られた先30mくらい前方で普通に路面が続いている。


今ここで、この橋の時間を動かしたら自重を支えることができず崩れていくかもしれない。

時間が固定されているからこそまだこの橋は元の形を保っていた。


「これって切られているのよね」


橋の断面には凹凸が無く、あまりに綺麗すぎる。

およそ人間業ではないが、神、もしくは試練の参加者。おそらく魔術でも使ったのだと思う。


「・・・たぶん魔力を扱える参加者がやったんだと思います。試練の主催者、神様側はこれまで特に動きがありませんから、ここだけ手を加えるとは考えにくい。ただ、伊扇さん。魔術師はこんなことができるんですか?」

「い、いえ、こんな大きな橋を切ることなんて普通の魔術師には無理だと思います。・・魔術師の中でも最上位の、それこそ力を持った家の当主ならもしかしたら、、」

「できる可能性がある?」

「た、たぶんですけど。・・・どんな術式か分かりませんが、できるかもしれないです」


力を持った魔術師とはすごいな。こんな人外なことができてしまうのか。

それに見るべき箇所は他にもある。


「橋の切断されている部分の時間が動いていますね」

「それって、秋灯と同じように範囲の拡張ができるってこと?」

「ええ。もしくは、大人数で時間をかけて解凍したかですね」


reデバイスの時間解凍は通常時であれば自分が指定した場所の半径1m程度球体状に解凍する。

時間が動いている範囲は直線距離で50m、幅は8m程度。ワイヤー付近も範囲に入れたら相当の範囲が解凍されていた。


この範囲を一人で解凍しているならまだいい。

秋灯と同じことが出来る参加者が他にいるだけだ。


ただ、もし本来の時間解凍で指定できる小さい範囲で行なっているとしたら、おそらく10人以上。

それも何日もかけて解凍している。

試練の参加者の中で組織的に動いているグループが既にあるのかもしれない。


「これって試練の規則に反しないかしら。明らかに他の参加者の妨害をしているわよね」

「いえ、試練の参加者間の私闘は禁じられてますが、おそらくこういった妨害はありだと思います。もし規則に反していたら神様側が何かしていると思いますから」


規定にあった条文をそのまま鵜呑みにするなら、間接的な妨害行為は可能だろう。

思いつくのは道路を通行止めにするとか、建物を崩すとかだが.

今まで妨害らしい妨害がなかったのは四国までのルートがいくつもあり、道路の封鎖をしてもそれを迂回すればいいだけだったからだ。


その点、四国まで続くこの橋梁を落とすことは、妨害として一番有効的な手段だ。


「お、お二人ともすごく冷静で話してますけど。・・えとえと、これどうやって進みます?」

「そうね。確か岡山の方に香川県まで続いている瀬戸大橋があったわよね。あっちまで行って迂回するのは?」

「いえ、それだと時間がかかりすぎます。四国に入ってからも鳴門市まで移動しないといけませんし、残りの日数を考えると厳しいですね。それに、瀬戸大橋も同じように切断されている可能性があります」


相手に魔術師の中でも上位の人間がいると仮定して、移動する速さは普通の人間の比ではない。

体調が万全な明音先輩だったら一日もかからずここから瀬戸大橋まで移動できる。なんなら往復してくるかもしれないが。

熟達した魔術師なら一日程度で明石海峡大橋から瀬戸大橋まで移動できてしまうだろう。

時間解凍を複数人で行なっている場合、移動の時間はだいぶ変わるだろうが、それでも切断できなくはない。


「じゃあ船でも探して海でも渡る?ここから淡路島までの距離ならいけると思うけど」

「船は乗り物ですよ明音先輩.規則で禁止されています.イカダとかなら作れなくもないですが、それも移動のための乗り物ですからね.規則に触れる可能性があります」

「むぅー」


何よーというように明音先輩が脇腹を突いてくる。

病人のくせに意外と力が強い。


「それよりも、もっと簡単で時間がかからない方法があります」

「思いついてるなら先に言いなさいよ」

「ど、どんな方法ですか秋灯さん?」

「飛び越えます」


さも当たり前のように二人に言う。

二人とも驚いた表情をしているのは意外だった。


「いやいや、飛び越えるなんて一番最初に思いつくけど、流石にこの距離はきついでしょ。だって50mくらいあるわよこれ」

「えっと、それは流石に厳しいんじゃないでしょうか」


二人とも秋灯の提案に乗り気じゃないようだ。


「二人とも忘れてませんか。今俺たちには摩擦がないベッドあることを」

「だから何よ?」

「高校で習う物理って空気抵抗とか摩擦が無視されることが多くて現実に使えないことが多いです。計算の諸条件のモデルが複合的になるとまず計算がくるってしまう。ただ、今は摩擦がないベッドがあります。つまり速度が分かればどれくらい飛べるか分かります。時速80km。それ以上出せれば飛び越えられます・・・・・たぶん」


秋灯の脳内で時速80km程度でかつ45度の角度のジャンプ台があれば推定50mの距離を飛ぶことができると試算した。

十分な距離をとり平坦な路面上で速度を稼ぎ、エネルギーの減衰がほぼない状態でジャンプ台を乗り越える。

そうすれば初速度をそのまま現実に当てはめて計算できる、かもしれない。

空気抵抗とかそのほかの条件は知らない。そもそもそんな詳しい計算の仕方は分からない。


速度について伊扇頼りとなってしまうが、彼女の突風で人が飛んでいる姿を見ている、もとい秋灯自身が飛んでいるので80km程度ならおそらく出せるだろう。


「で、でも飛び越えられたとして、止まるときはどうするんですか?ここに来るまで止まる時すごく大変だったじゃないですか」

「それについても一応考えがあります。元々このベッドの下に緊急用のパラシュートを設置しています。また、向う岸にたどり着いた時点で再度時間解凍をすれば摩擦が戻ってきます」


秋灯の説明には飛ぶことが可能な根拠が感じられた.

だが、失敗すれば三人とも海に転落する。最悪死ぬ可能性があるのはリスクが大きい。


「秋灯、あなたなんか急いでない?時間をかければ他に安全な道がありそうだけど」

「・・・おそらくですが、先程から見られています」


勢いよく後ろを振り返る二人。

秋灯が急いでいた理由は、試練の期限もあるが先ほどから嫌な視線が刺さる。

早めにここから移動したかった。


「正確な位置まではわかりませんが、淡路島側から視線が刺さるというか、さっきから感知できる範囲の中に視線が入ってきます。相手は他の参加者を見張れるほど余裕があります。それなら四国へ渡る他の手段を潰している可能性がある。それに今この橋の切断の距離を広げられれば飛び越えることが難しくなります。それなら今のうちに真正面から飛んだほうがリスクが低い」


明音の完治とは程遠い体調。伊扇が出せる突風の限界値。妨害を行なっている参加者。

たとえ見られていても今日のうちに四国へ辿り着けなければ状況が悪化する予感があった.


「ジャンプ台さえ用意すれば今日中に四国へ着けます.いろいろ穴はありそうですが、ここで決断しましょう」

「できるのよね秋灯?」

「大丈夫です.・・・・・・・たぶん」


最期の言葉が二人を不安にさせたが、飛び越える以外の選択肢も思いつかない.


「分かったわ.今飛び越えましょう!」

「は、はい!私はエンジンですから速度は任せてください!」


二人の了承が取れたのででベッドに乗り込む。

必要な物を一旦兵庫市街で調達してこなければいけない。

明音先輩の体調が心配だったが今だけは手伝ってもらう.


秋灯は四国の方角に向き直る.

監視している人間に伊扇が魔力を使えること、そして摩擦がないベッドで飛ぶところを見られてしまう。

追々試験に影響してこなければいいが。


一抹の不安を抱えつつ準備に取り掛かった.

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