第一試練24 座標解凍
鍛錬開始四日目の早朝。
広々とした寝室の端で座禅を組んだ秋灯は、目の前のベッドを見つめる。
伊扇の言葉から人の奥行き、魔力が存在している場所のさらに奥があるという話を聞いて理論の修正を行った。
生命の奥行きを次元や位相という位置の違いと捉え、多層構造のもと生命は存在している仮説を立てた。
調整膜の解凍だけでは元の位置から動かすことができなかったが、おそらく時間が停止している状態では地球上の座標に固定している位相と物体の状態が固定されている位相が存在している。座標を固定している位相のみ取り除くことが出来れば、物を動かすことが出来るかもしれない。
目の前の大きなベッドを見続け自分が認識できる深さを掘り下げていく。
普通の
位相という概念の感覚を掴むまで意識を集中する。
手で雲を捉えようとするそんな行為。
途中今やっていることは何の意味もないのではと否定的な感情が浮かんでくるが、それでも続ける。
意識を深く、深く、集中させていく。
夢でも見てるように意識がふわふわしてくるが、尚も集中する。
自分の視点ではなく真上から覗き見ているような感覚になるが、尚も集中する。
テレビの砂嵐のような映像が映るが、尚も集中する。
砂嵐を突き破り、その先に言葉では言い表せないナニカを見たが、尚も集中する。
三日後。目が充血し、髪がぼさぼさになり、口を半開きに開けた秋灯が民家で発見された。
第一発見者の伊扇は秋灯を見た瞬間、久しぶりに悲鳴を上げた。
声を掛けられても無反応だった秋灯だが、伊扇の強烈なビンタでようやく意識を取り戻した。
秋灯の体感では集中し始めてから2,3時間しか経っていなかったが、身体がバキバキに痛くなっていた。
【閑話休題】
三日間の断食を終えた秋灯。
口がカラカラすぎてうまく喋ることが出来ない。
喉が本当に乾いている状態だと逆に水が飲みづらいことを知った。
カチコチに固まった身体をほぐし、空っぽの胃の中に食べ物を入れていく。
三日間微動だにしなかったことにより弊害はあったが、一応現状回復できた。
これまでにない体験したことがないほど極限の集中力を発揮して物の理解を進めたが、結局霊や魂の存在まで把握することはできなかった。
ただ、どの物質もわずかな魔力を帯びていること、そしてさらにその奥でいくつもの層があり物質を構成していることが分かった。
今まで自分が見ていた世界は構成されている要素の上澄みだけで、人も物も把握できないほどの情報量があった。
三次元の世界にいながらその上の世界を見てしまったような怖さがある。
秋灯は右手に持ったreデバイスを起動する。
解凍する対象は三日間見続けたキングサイズのベッド。
解凍の深さは、物質の表面にある調整膜、そして位置を固定している位相。そのままだが、位置位相という呼び方にする。更にその奥の位相まで解凍しないよう注意する。
「座標軸固定、完了.認識拡張、完了.立体展開、完了」
慣れた手つきで普段の
三日間も見続けたベッドなので、構造は隅々まで把握しきっている。
「表依層認識・・・・・・完了。位置位相認識・・・・・・・・完了」
普段の行程に調整膜と位相の把握を追加する。
頭のこめかみが焼けるように痛むが気にせず続ける。
たかが目の前のベッド程度。これまで建物を丸ごと解凍してきたはずなのに位相が加わると難易度が段違いになる。
「記憶開始・・・・・完了。
ベッドの四脚の足が黒く変色していく。調整膜の解除はひとまず成功した。問題は動かせるかどうか。
秋灯はゆっくりベッドに触れる。四脚以外は普通の時間解凍を行ったので、しっかりつかむことが出来る。
僅かに力をいれ前方に動かすが、ベッドは何の抵抗もなく地面を滑るように移動した。
今度はさらに力を入れる。重厚感のあるベッドが軽々と壁際まで移動した。
「やった!・・・・・やったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!!」
ベッドが一通り動くことを確認し、秋灯は雄叫びをあげた。
同時に張りつめていた糸が切れ、眠気が一気に襲ってくる。
自分の出した声に頭がくらくらしてきて立っていられない。
目の前のベッドで眠ろうと思ったが、足がもつれて床に倒れる。
睡魔に抗うことが出来ずそのまま目を閉じる。秋灯の顔はやり切ったいい顔をしていた。
お昼頃、再度心配して見に来た伊扇に起こされるまで秋灯は眠り続けた。
床でうつ伏せになっている姿が生気を感じさせなかったため伊扇はまた悲鳴を上げた。
その後ベッドにブレーキや諸々備品が足りていないことに気づき、慌てて作業を再開した。
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