第一試練19 伊扇の瞑想

静かな一日の午後。太陽の光が本殿に差し込み過ごしやすい気温になる。

本殿の中は広く木造の柱と梁が荘厳な雰囲気を醸し出している。

部屋の中央に置かれた仏壇は美しく装飾されていて、眺めるとなんとなく落ち着く気がする。


仏壇の前。二人の男女が座禅を組み、目を瞑っている。

二人とも袈裟を着用し、姿勢はまっすぐ畳に正座している。

手をお腹の上に合わせ穏やかな表情で瞑想の中にいる。


深く呼吸する音だけが辺りに響いていた。


途中女性の身体が前後に振れ始める。

振り幅が徐々に大きくなり頭から後ろに落ちそうになるが、ギリギリ持ち直す。

頭を大きく振って眠気を覚まそうとする女性。見ていて小型犬のようだ。


三分後。また女性の身体が前後に振れだす。

目は瞑ったまままで、かすかに寝息が聞こえてくる。


今度は振り幅が最大になった瞬間、抵抗することなく身体を畳みに打ち付けた。

境内にビターンという音が響き渡るが、女性本人は何が起こったのか分からない。

仰向けのまま二、三秒天井を見上げようやく自分が寝ていたことに気づく。


ものすごい速度でで座禅の姿勢に直るが、顔が赤く染まっていて瞑想どころではない。


「お昼の後ですから眠いですよね」

「は、はひ」


笑いをこらえている男性が気を使った言葉をかけるが、女性の顔はさらに羞恥で真っ赤になった。


【閑話休題】


「伊扇さん、明音先輩の体調で聞きたいことがあるんですが」


眠気を覚ますため、あと伊扇を落ち着かせるため会話を始める秋灯。

伊扇の修業の一環として今日は一緒に瞑想をしていたが、昼食後のため眠気がすごい。


「は、はい。何でしょうか?」


まだ恥ずかしさから立ち直っていない伊扇。

この状態で風が起こっていないだけ随分進歩している。


「明音先輩が体調を崩している原因なんですが、今まで見ていて普通の風邪だと思えません。ゴリラ並みに体力のある明音先輩が動けないほどですから、原因が魔力ぐらいしか思いつかないんですが、魔術師の方は明音先輩のような病気に罹ったりします?」

「えとえと、明音さんの病気に似た事例はあんまり思いつかなくて。呪いを受けたり、魔力が空になった状態なら動けなくなることもあるんですけど、病気とも違うし。子供の頃とか魔力が急に増えて身体の方が追いつかなくて痛みが発生するというのは聞いたことがあります。ただ、動けないほどではなくて」

「なるほど。成長痛みたいなものですか」


ナチュラル失礼な言葉を吐く秋灯に、伊扇は苦笑いしつつ答える。

本人がいたらきっと鳩尾を殴られていただろう。


「明音先輩の魔力が時間の停止に伴って急激に増えていたらどうです。魔術師の子供が何年もかけて扱える魔力を増やしていく過程を超短期的に行っていたとしたら」

「えっと、それなら身体に変化があってもおかしくないと思います」


魔力という摩訶不思議なエネルギーは本来身体に備わっていた機能だが、普通の人間はその機能自体が衰えている。

魔力を精製する臓器を無理やり起こし、急激に負荷をかけたのだから体調が悪くなってもおかしくない。

一種の拒否反応を身体が示しているならば、魔力に身体が慣れれば治るかもしれない。


「なんにせよ、できることがないか。治るのを待つしかできないですね」

「魔術師の中にも魔術師を専門的に診る医者のような人がいるんですけど、この世界で動いているか分かりませんし、動いていたとしても参加者ですし、、」

「見つけるのは難しいですね」


現状人と会うこと自体難しい。万が一魔術師の医者を見つけたとしても協力してくれるか分からない。


そもそも明音の症状はまだ普通の病気の可能性もある。

もしかしたら時間の停止に伴って細菌や微生物とかに不具合が起きていて、それが身体に悪い影響を与えているのかもしれない。ただ、病院が動いていないから、調べることができない。


秋灯にできることは、明音の症状の回復を祈ることと一週間後に向けて準備をするだけだった。


「そろそろ瞑想を再開しますか」

「は、はい。頑張ります!」


伊扇の眠気も冷めてきたので、再度座禅を組む。

秋灯は明音を心配する心がむくむく湧いてくるが、なんとか落ち着かせようとしていた。

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