第一試練16 病気になると弱気になるらしい

「秋灯、私を置いて行きなさい」

「・・・・・・・」

「秋灯、そろそろ試練の期限が迫っているわ.あなたは早く出発しなさい」

「・・・・・・・」

「秋灯、私はもうダメよ.だから、、」

「あぁもう!うるさいですね、弱音は聞き飽きましたよ、昨日から何度も何度も.俺が明音先輩を置いていくことはありえません.それにたかが熱で人は死にませんよ」

「ぐすっ、秋灯が怒鳴った.ひどいわ、病人に虐待よ」


顔を手で覆い泣いているポーズをとる.

人は体調を壊すと精神が弱くなるが、明音先輩の場合キャラがぶれる.

弱々しい彼女は新鮮だが,体調が悪いのをいいことにふざけているようにも見える.

見ると目元に涙は浮かんでいなかった。


「いいから黙って寝ていてください.体調はどうです?熱は下がってないようですけど身体は痛みますか」

「めちゃくちゃ痛いしだるいわ.風邪ってこんなに辛いのね」


急に真顔になった.テンションの切り替えが早いな.


「今まで風邪を引いたことがないんでしたっけ.みんなそんなもんですよ」

「私が神になったら人が風邪を引くことをなくすわ.病気を消滅させてやる」

「アホなことを言ってないで目を瞑ってください」


昼間に寝過ぎていて目が冴えているのか喋り続ける.

身体を動かせないことがよほどストレスなのかも知れない.


「伊扇さんには伝えてくれた?」

「えぇ、了承はしてくれなかったですけど流石に大丈夫かと」

「そう.ここまで付き合わせてしまって悪かったわ。彼女も試練の参加者なら自分の願いを優先しないと」


元々伊扇の同行の解消について明音先輩と話し合っていた.

これ以上こちらの事情に付き合わせるのは悪いと二人とも同じ意見だった.

今朝に解消の旨を伝えて半日が経過したが、雨は降り止まず今日はそのまま旅館に滞在することを決めたみたいだ.


ただ、あれから気まずいのか秋灯は避けられている.

後ろ姿を見ることはあっても近づくとすぐにいなくなってしまう.

一度明音先輩がいる客室で鉢合わせしたが、出会った当初と同じようにその場に突風を残しいなくなってしまった.


「秋灯も本当に先に行っていいのよ.あなたも叶えたい願いがあるのでしょ」

「それについては散々話したじゃないですか.俺が先輩を置いて行く気はありませんし、それをすることに意味がありません」

「試練を達成できなかったらどうなるか分からないのよ.元の生活には多分戻れないし」

「大丈夫です.本当にギリギリになったら先輩を背負って進みますから.まだ日数に余裕があります.だから今は自分の心配だけしていてください」


秋灯は明音が倒れた当初ものすごく動揺したがーー人に気を使いがちな伊扇の顔が引き攣るほどーーなんとか冷静さを取り戻していた。

現状を受け入れてから、明音の症状の確認と地図で最短距離を調べ日数の逆算を行い、あと何日旅館に滞在できるか計算した。


明音の体調の回復具合により日数は出しているので完全に治り切っていなくても背負って四国へ到達する日数も算出している.

ただ明音の今の状態ではそれも難しい.喋れこそしているが、まだ布団から起き上がれない。

症状も日を追うごとに悪化してきている.今無理に動かせば病院が動いていないこの世界では最悪死ぬ危険だってある.


「あと何日私は寝ていられるの?」

「今日で試練が始まって18日目なので後10日は寝ていられますよ」


最短で3日で四国まで着けるがその場合は明音が万全でありかつ魔力を使用し夜通しで進んだ場合だ.

それにこの計算に秋灯は入っていない.魔力で身体を強化することができないため明音の速さについてくことが難しい.試練はおそらく達成できないだろうが、明音が四国に着きさえすれば正直どうでもいい.


「そう・・・・それなら安心ね」


秋灯の説明に一応納得を示した明音。

先輩の雰囲気から話していない内容に気づかれていそうだった。


「秋灯、次の試練も一緒じゃないと嫌よ」


独り言のように呟かれた言葉に秋灯は何も返さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る