第一試練15 行きずりの関係

空は薄灰色に覆われ、雨が京都市内に降り続けている。

今朝方ごろから降り出した空は薄暗い雲が分厚くて回復しそうにない.

試練が始まってから初めての雨だったが、止まった世界でも雨が降るのだと秋灯は空を眺めていた.


明音先輩が倒れてから三日が経過した.熱は39度を超え体調はますます悪くなっている.

今は布団から起き上がることも難しく無理に動かせば死んでしまうのではないかとさえ思える.


彼女に対して何もすることができず秋灯は無力さを感じていた。


「鐘ヶ江さん・・白峰さんの着替え終わりました.今はまた眠っています」

「あぁ、ありがとうございます」


明音の着替えについて秋灯が手伝うわけにもいかず、伊扇にお願いしていた.


「その・・・大丈夫ですか?」

「はい?俺は大丈夫ですよ」


質問の意図がわからず、とりあえず答える.


「顔色がすぐれないというか・・・目の下の隈がその、すごい黒くて、、」

「これですか.ちょっと眠っていなかっただけですよ.問題ありません」

「白峯さんのことで気を落としていると思いますけど・・鐘ヶ江さんが身体を壊しちゃだめだと思います」


はっきりと意見を示す伊扇に秋灯は驚く.

人との会話はおどおどしていて、苦手だと感じていたが.


「そうですね、すみません.最近夜に考え事をしていまして、今日はちゃんと休もうと思います」

「はい、白峯さんは私が見ていますので休んでください」

「・・伊扇さん、その、一つ話しておかなければいけないことがあります」


明音先輩がいる客室へ戻ろうとする伊扇を呼び止める.

本来先輩が体調を崩した時点で伝えておこうと思っていたが、秋灯自身あまり余裕がなく伝えられていなかった.


「えっと、なんですか?白峯さんの替えの服はまだ何枚かありましたよ」

「試練の期限のことです.ここに滞在して三日、試練が始まってから18日経過しています.そろそろ出発しなければ期限までに間に合わなくなります」


明音の体調が万全であればおそらく6日.夜も進めば時間をさらに短縮できる.

だが、伊扇一人であれば6日で着くことは難しい.


「そうですけど、でも白峯さんの体調が、、」

「俺たちに構わず出発してください」

「・・何でそんなこと言うんですか」

「あまり気負う必要はないですよ.元々ギブアンドテイクで同行をお願いしています.十分過ぎるほど伊扇さんに良くしていただいています」

「・・でも」

「伊扇さんも相応の願いがあって試練に参加されていますよね.どうか自分の願いを優先してください」


約1週間ほど伊扇と共にいてわかったが、この子は優し過ぎる.

こちらから伝えなければ明音先輩の体調が戻るまで、ともすれば試練の期限まで一緒にいようとしてしまうだろう.

打算があって同行をお願いしていたが、これ以上こちらの事情につき合わせるのは申し訳ない.


「その・・・鐘ヶ江さんはどうするんですか?」

「俺は明音先輩の体調が戻るまでここにいます.元々試練にはそれほど興味がありませんし」

「でもでも、世界を変えたいほどの願いがないと試練に参加できないって、、」

「俺はちょっと違うと言うか.神様のお告げもありませんでしたし、いつの間にか世界の時間が止まっていたというか.だから俺には世界を変えたいほどの願いはありません」


秋灯は他の参加者とそもそも事情が違う.試練の通過より優先したいものがある.


「そんなことが。・・でも、それならどうして皇居で試練に参加したんですか?拒否することだってできたはずです.何か叶えたいことがあったから鐘ヶ江さんは」

「俺はただ恩を返したかっただけですよ。明音先輩に命を救われたんです.だから、それに報いたい.ただそれだけです.でも伊扇さんは違う.俺たちを背負う必要はありません」

「でも・・・私は」

「伊扇さんの足であれば9日もあれば着くと思います.雨が降っている間は流石に進みづらいと思うので、止んだら出発されてください」

「でも、、、、」


最後まで聞き入れない伊扇だったが、言い切る形で会話を終える.

窓から見える空は雲がまだ分厚い.雨が止むのは早くて夕方、遅くても明日に止むだろう.

それでまでに道中彼女がひもじい思いをしないよう食料の準備を済ませておく。

健啖家の彼女の食料はだいぶ多めに解凍しておく必要がある.


後ろで立ちすくむ伊扇に気付きつつ、それでも彼女のためだと言い聞かせる.

罪悪感に苛まれながら秋灯はその場を立ち去った.

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