第一試練12 露天風呂
20畳ほどある和モダンな部屋.品のある家具と床の間には掛け軸が掛けられている.
障子戸の先には縁側が儲けられ、鹿おどしや景石など日本庭園の風景が見える.
持っていたムック本に記載のあった三つ星の旅館にきたが、とても高級そうだ.
時間が止まっていなければまず宿泊できない.
正直全然落ち着かない.この部屋は一人で使うには広すぎる.
先ほどまで明音、伊扇と共にノリノリで時間解凍を行ったが、
自分が根っからの庶民だったことに気付かされる。
「とりあえず風呂でも行くか」
温泉は各部屋に備えつけられているが、残念ながら湯が張られていなかった.
もちろん蛇口から水が出ることはないので、離れにある大浴場に向かう.
こちらは解凍前から湯が張られていたので、解凍直後の今ならまだ熱い。
一応源泉掛け流しだが、組み上げている機械が停止しているため今は流れていない.
あと数時間も経てば冷めてしまうので、今のうちに入っておきたい。
脱衣所でさっさと着替え、室内の浴槽に入る.
「くぅぅぅうううううううう」
思わず声が出てしまった.温泉の熱が疲れた身体に沁みる.
伊扇の身体を心配していた手前、顔には出さなかったが秋灯もだいぶ疲れていた.
魔力を明音や伊扇のように使うことができない秋灯はここまで素の身体だけで進んできた.
この五日間はペースも早く、足の指先の豆が潰れて温泉がとても沁みる。
痛みに堪えて肩までつかるが、痛みよりも温泉の気持ちよさが勝る.
明日は流石に寝てようかな.
やっておきたいことはいくつもあるが、身体がしんどい.
最低限やることを考えるが、熱気で頭がぼーっとしてくる.
「露天に行くか」
頭を冷やすため屋外の露天風呂へ向かう。
外は真っ暗で照明も灯っていないため石畳を慎重に進む。
月明かりだけが頼りだが、温泉からの湯気で辺りが見えづらい。
足先で湯が張られていることを確認し、一気に入る。
外気で冷やされ、こちらはちょうどいい温度だ。
「はぁぁぁぁぁぁ幸せーーー」
「おっさんくさいわよ秋灯」
「は?・・・・・・・・えっと、、なんでいるんですか?」
「なんでって、私が先に入ってたからよ」
「いや、こっち男湯じゃ?」
「一つしかなかったでしょ温泉。ここって基本貸し切りだから」
「いや、でも、えっと・・・・・とりあえず俺出ます!」
「いいわよ別に.灯がないからほとんど見えないし、あんまりジロジロみたら打つけど」
暗がりに紛れて明音先輩が湯に浸かっていた.
姿は湯気もあってほとんど見えないが、気配と音でそこにいるのがわかる.
というか淑女ならもっと動揺してくれ.
「えっと、、本当にいいんですか?」
「あなた結構疲れているでしょ.出て行けっていうほど鬼じゃないわよ私」
「いやいや俺は大丈夫ですよ.全然・・・・」
身体の疲労がばれていたことに動揺するが、正直それどころじゃない.
出ていったほうがいいのか、浸かっていてもいいのかとても迷う.
「あぁもう、寒いんだから肩まで浸かりなさいよ!入らなかったらそっちに行くわよ.私の裸見てお互い気不味くなるわよ!いいの?」
「えっと、入らせていただきます.だからこっち来ないでください」
「なんかその言い方アレなんだけど・・・まぁいいわ」
正直見たい.憧れの先輩の裸だ.健全な男子高校生なら見たくないわけがない.
ここで見ないやつは男子失格だろう.
だが、見た後どうする.明日から顔を合わせる際気まずくなることが目に見えている.
黙って食事をとる風景や会話に躊躇いつつ、最低限喋らなければと気を使う俺が見える.
試練に差し支えることは避けたい.
だが、しかし見たい.
秋灯の頭は極度の疲労と温泉の熱気で狂っていた。
まともな判断ができず割と本能に支配されている。
これまで培ってきた秋灯の性格的にあからさまに態度に出すことはできない.だが、
横目で見よう.見えていることを相手に悟らせなければ気まずくなることもない.
顔の位置を変えず眼球だけを限界まで端に移動する.この際表情は恐ろしく冷静に.
温泉から溢れたお湯が石畳の上で月明かりを反射させ露天の輪郭が見える.
肝心の明音先輩がいるであろう付近は白い湯気しか見えない.
暗すぎる.月明かりよもっと仕事しろ.曇るな.夜空よ晴れてくれ。
本気で神に祈った.
「・・・・・・ありがとね、秋灯.ここまで一緒についてきてくれて」
「見てないです!・・・ってなんですか急に.そんな改まって」
「今までちゃんと伝えていなかったでしょ.顔を見て言うのもなんだか照れくさいし」
茹っていた顔が、急速に冷めていく.
彼女の纏う真摯な雰囲気に本能のまま眼球を動かした自分が情けない.
「ここまで順調に来れたのはあなたのおかげよ.時間解凍のそれもそうだけど、行程だったり、試練の事だったり、、、私一人だったらこの試練こんなに楽しめなかったわ」
「いや、だって俺は、明音先輩に助けてもらって、学校で見つけてもらえなかったら俺は・・」
「それについて十分恩は返してもらっているわ.ほんと十分すぎるほどにね.あなたはわかってなさそうだから言うけど、宣誓の後一緒についてきてくれるって言ってくれて本当に嬉しかったのよ.私もね心細かったのよ」
彼女がここまで本音を語ることは予想していなかった。
普段は強引でプライドが高くて、それでいて優しい.
それでも彼女も高校三年生の女の子だった.
怖くないはずがない。時間が止まって、誰も知り合いがいないこの世界で.
人智を越える現象を目の当たりにして、心細くないはずがない.
「だからね秋灯、ありがとう.あなたを見つけられたことはとても幸運だったわ」
不意打ちだった。先輩の言葉に目が潤みそうになる。
今まで抱いていた感情を押し殺しただ平静に、冷静を装い彼女と接してきた.
秋灯は明音のことを高校で見かける前よりずっと前から知っていた.
時間が停止した世界で扉に挟まった秋灯が彼女と出逢う前よりずっと前から.
彼女からは返しきれないほどの暖かさをもらったから。
今までのことが報われたと少しでも感じてしまった自分がいる。
まだ何も返しきれていないのに。
結局言葉を返すことができず、お湯が冷めるまで秋灯は黙り続けた。
気づいた時には明音は既に温泉から出たようだった.
「・・・・さむっっ。出るか」
憧れの先輩との入浴を放心していて不意にしてしまった.
せめて後ろ姿くらい見たかった.
勿体無いと感じた秋灯は健全な男子高校生だった.
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