【閑話】魔術擬き

深夜遅く。明音先輩と伊扇が眠ったのを見計らって家を出た。


伊扇の加入後、明音と同じ部屋で寝てくれるようになったため先輩との同室が解消された。

ちょっと惜しいなと思いつつ、最近寝不足気味だったため有難い。

日課にしていた夜のお店の物色も再会できるようになった。


物はあって困ることは無い。多すぎると持ち運ぶのが大変だが。

試練に勝ち進んでいくために、必要そうなものは今のうちに手に入れておきたい。


月明かりだけの真っ暗な夜道を一人だけで歩く。

足音が反響して、世界に自分だけ残された感覚になる。


ーー落ち着く。


生来の気質なのか元々一人でいることが多かった。

ただ、ここ二週間ずっと明音先輩と行動を共にしていたから、どこか気疲れしていたのかもしれない。

肩回りを軽く伸ばしながら夜の道を軽快に歩く。今日は先に物色する店舗を決めていたので迷わず向かう。


銃砲店。


主に狩猟用の散弾銃やライフルが売られている。店舗によっては拳銃も売っているところがあるらしい。

余裕がある今のうちに銃器をなんとしても手に入れておきたい。


秋灯は試練のことを聞いた一番初め、頭によぎったことは参加者同士の殺し合いだった。

試練の内容も参加者同士を争わせるような殺伐としたものだと予想していたが、第一試練は存外平和な内容だった。


ただ、この試練には魔術師なるものが普通に参加している。あいつらは自分の魔力を使って殺傷能力の高い攻撃が簡単にできる。

魔術が使えるということは、いつでも取り出し自由な銃器を持っていることと同じだ。

中には銃器程度では太刀打ちできない魔術師もいそうだが、そんな敵と出会ったら全力で逃げるしかない。


順調にいけば明音先輩はいつか魔術を身に着けられるかもしれない。

身体強化を一瞬で習得したし、才能は十分あるように感じる。

魔術に使用される術式の学び方がわからないが、どこかで学べる機会を見つけたい。


今のままでもあれだけの魔力量なら身体強化ゴリ押しでも相当厄介だろう。

普通の一般人なら負けることは早々ないと思う。

ただ、本物の魔術師。家系の魔術を脳内に焼き付けた魔術師にはまだ勝てない。


せめて相対した時に逃げ切るくらいの力が必要だ。

その点、銃器はちょうどいい。誰でも扱えて、メンテナンスは必要だが持ち運びについても苦ではない。



銃砲店の店舗の範囲を確認する。

自分の認識できる範囲を伸ばしていくが、横に試射できるスペースもあるため意外と広い。


ーー何かいるな。


店舗の座標を固定する直前。

集中していた範囲よりすこし外側だったため、はっきりと分からなかったが近くに何かいる。


認識の範囲を変更する。ここから遠いが問題なくいけそうだ。

秋灯が行なっている時間解凍アンチフリーズの手順はデバイスの起動を除き、物体の構造感知を全て独力で行なっている。

reデバイスの起動を行わない場合、ただの索敵能力として活用できるためとても便利だ。

未だに自分がなぜ見えてない物の位置が分かるのか不思議だが、世界の時間が止まっているのなら何でもありだろう。


ーー人の形だけど中身がない?


お店の裏の雑木林の中に人の形の何かを見つける。

外側は人の形を模しているが、中身がスカスカで気体に近いように感じる。

明音先輩が見た人擬きはおそらくこれのことか。


こちらが相手の位置を捉えた瞬間、人擬きが動き出す。

地面に這うように移動してこちらに向かってくるのがわかる。

ほとんど坂を滑り落ちるように一直線に、樹木に身体が当たり一瞬形をなくすがすぐに元に戻る。


ーー速度は遅い。だけどここまでくるのに3分もかからない。


そこから秋灯の行動は早かった。

右ポケットに畳んで入れていた正方形の紙札を取り出す。

広げると手のひらより少し大きい。数十枚の紙の束が重ねられ3mm程度の厚さがある。


紙札を握りしめ、人擬きがいる方向へ走り出す。銃砲店の横を通り過ぎ裏手の急な斜面を駆け上る。

手にしていた紙札がわずかに青白く発光している。


前方、竹林からちょうど出てきたところで人擬を見つける。


ーー思っていたより真っ黒だな。これは怖い。


光を飲み込むほど黒く、見つめていると感情をかき乱してくる。人が本能的に暗闇を怖がるような感覚だ。

視覚の器官は持っていないはずなのにこちらを認識して近づいてくる。

足先で地面を擦っているような音を立てていることからそこだけ物質的。実態を伴っている。


もっと観察しておきたかったが、あまり見つめていると恐くて動けなくなりそうだ。

紙束とは逆の手で石を拾いそのまま人もどきに投げつける。

人擬きの顔面に当たるもすぐに元の形に戻る。


ーーやっぱり、物質の攻撃は効かないか。それなら、


「instant-bullet」


右腕を人擬きに差し向け、小さくつぶやく。

秋灯が持っていた紙束から眩い光がでるのと当時に高速の弾丸が射出される。

人擬きの鳩尾に直撃、そこだけぽっかり穴が開く。

続けて人擬きの四肢が形を保てず霧散していく。


「魔力をもつ攻撃なら効くんだな」


周辺の索敵を行い、人擬が完全にいなくなったことを確認する。


自分の予想していた通り実態がない相手でも魔力を介した攻撃であれば効く。

人擬の対処法を実証できたことは大きい。これなら明音先輩を守れる。


《instant-magic》についても試すことができた。

まだまだ、改良点が多いが自分の魔力量でも発現できる。

禁制が解かれたこの世界なら今まで立てていた仮説が立証できるかもしれない。


自分の密かな努力が身を結んだことに秋灯は静かに喜んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る