第一試練10 暴風少女

「・・・伊扇さん、身体強化はとりあえず禁止です」

「・・・・・・・・・・・ハイ、すみません」


秋灯が地面の上から立ち上がる。

髪がボサボサになり、ところどころ打撲とすり傷がみられる。

公園の芝生の上を何度も転がったから服が土と草で汚れていた。


伊扇は地面に正座し、土下座の姿勢だ。

彼女もまた、地面を転げ回っていたので髪が乱れ、服装も汚れている。


「すごかったわね。秋灯10mくらい吹っ飛んでたわよ」


遠くで待機していた明音先輩が近づいてくる。

この人は、人が転げ回る様を見て爆笑していた.


伊扇の同行が決まった翌日。

ショッピングモールを出てから2、3km進んだ距離に大きめの運動公園があったので約束していた時間解凍の練習、そして伊扇の魔力について実験をしていた。

彼女がここまでどのように進んできたのか気になっていたし、魔力の強化によって身体の運動機能がどれほど変わるのか見てみたかった。


結果として、伊扇の身体能力は飛躍的に向上していた。

魔力がほとんど感じられない秋灯でも視認できるほど彼女の周囲には薄緑色のオーラのような魔力が纏われ、数歩力を入れて走っただけでウサインボルトもかくやという速さだ.

運動公園の端から端まで一瞬で移動する姿は常人とは全く別物だった.


それだけだったら歓迎できる能力だったが、伊扇の周りには終始風が吹き荒れていた.

魔力の多寡により強さは変わるようだが、彼女が全力で身体の強化をするとほとんど近づくことができない.

彼女を中心に局所的な嵐が起こっているようだった。


これだけだったらまだ距離を開ければ、ある程度一緒に移動できると思ったが時折強力な突風が巻き起こる.

予期せぬ方向から高校生の男子を10m程度軽く吹き飛ばすほどの.


秋灯はあらかじめ風が発生してしまうことを聞いていたため伊扇から離れていた。

近すぎたと後悔した時には既に地面を転がっていた.


厄介だったのは彼女がいた方向から風が吹いているわけではないということだろう.

伊扇を注視していたせいでちょうど90度真横からの風の衝撃に反応出来なかった.

かろうじて受け身は取れたが、抗えぬ衝撃に地面を転がって空を見上げていた.


そして、なぜか伊扇も地面を転がっていた.

聞けば彼女も自分が発生させてしまう風を制御できず自分自身に向かってくることがあるという.

擦り傷や打撲があったのはここまでの道中、自分が発生させた風によって吹き飛んでいたかららしい.


「伊扇さん、魔力の量をもう少し抑えられませんか?」

「や、やってみます.・・・・えい!」


頭上からの衝撃に秋灯、伊扇の両名が地面に這いつくばる.


「ちょっと入れ過ぎですね.もう少しなんとかなりませんか?」

「や、やってみます.・・・ふん!」


腹から顎を突き上げられ、身体が浮いた.伊扇はさらに高く浮いて、地面にべちゃりと落ちた.


「・・魔力を一旦解きましょうか.イメージで変わるかもしれません.蛇口を少しだけ捻るイメージで魔力を纏って見てください」

「わ、分かりました.・・・・ちょっと、ちょっとだけ、くうぅうう」


伊扇がものすごい顔で踏ん張っている。

彼女にとって魔力の量を調節することは難しいことなのかもしれない。


だんだん、身体の周りに薄緑色が見えてきて、、、左側からの突風で吹っ飛んだ.

地面を転がるのは今日で何度目だろう.


「・・・一旦諦めますか」

「す、すみません」


一時間程度粘って見たものの、流石に厳しかった.

彼女も魔力の出し入れによって、だいぶ疲弊している.


「二人とも大変だったわね。伊扇さんすごいわね!あんなに人って飛ぶものなのね!!」


もしものことを考えて明音先輩には遠くにいてもらったが、もっと近くに来て貰えばよかった.


「あの、その・・ほんとにすみません.自分で制御できなくて.試練が始まる前はここまでじゃなかったんですけど、時間が止まってからどんどん魔力が抑えられなくなってきて」

「禁制だっけ?それが解かれたから何か関係してるのかもしれないわね.魔力で身体の強化ね。纏うイメージだっけ.うーーーーーん。こんな感じかしら」


明音先輩がうんうん唸っていると彼女の周囲に薄赤いオーラが現れる.

その場でジャンプすると建物の2階を超える高さまで跳躍した.


「できわたわ!秋灯見て!私もできたわよ!!」


一瞬で身体の強化に成功した明音。

伊扇曰く明音は普段から魔力を無意識の内に使っていたようだが、これはあまりにも早い。

ぴょんぴょん飛びながら無邪気に自慢してくるが、目の前の少女のことをもう少し考えてほしい.


「うそ、こんなに早く」


四つん這いになりながら地面に項垂れている伊扇に流石に声をかけられない.

明音の身体強化は伊扇と違い、全くの無風だった。


「あっ、えっとごめんなさい.でも伊扇さんもできるし・・・突風があるだけで」


その風に悩まされているのだが。


「とりあえず伊扇さんの身体強化についてあとで考えましょう.もしかしたら素の身体を鍛えたら使いやすくなるかもしれませんし.あと明音先輩、身体の調子はどうです?」

「これすっごく疲れるわね!身体の奥底から何かが漏れ出てる見たい.ずっとこれで移動は無理ね、疲れちゃうわ」

「今日はまだ予定地点まで移動してないので一旦普通に進みましょう.歩きつつ明音先輩のそれについても試してみましょう.あと疲れたので時間解凍の練習はまた後で」

「はい、すみません、お願いします」

「二人とも疲れたら私に言って.おんぶするわ!」


諸々予定外のことが起こったが、一日中この場所にいるわけにもいかない.

昨日の疲労感より今の方が疲れた気がするが、ノルマの30kmを進まなければ.


それにしても、明音先輩が魔力の身体強化を使うまで考えていたより一瞬だった.

まさか見ているだけで魔力を纏えるようになるとは.

伊扇に教えてもらいながら四国に着くまでにマスターできればいいと考えていたが彼女の適性の高さに驚かされる.


いくら禁制が解かれたからといって、これはあまりにも早い。

若干心配になるが、秋灯は移動のための荷物をまとめる.

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