第一試練9 同行

「ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、」

「・・・・伊扇さん大丈夫?」

「はい、大丈夫、はぁ・・です」


昼食を終えてから大体五時間ほど経過した。

日差しは西日になり、あたりも薄暗くなってきた。


秋灯の後方。だいぶ距離があるが、荒い呼吸音が聞こえてくる。

音源は明音に心配されている伊扇から聞こえてくる。


地図で今日の道順を確認していたが、ショッピングモールが少し遠い距離にあったためペースを早めた。

魔力を持っている伊扇は自分達より体力があると考えていたが、どうやらそうではなかったらしい。


最初こそ明音と軽快に話していたものの途中から次第に口数が少なくなっていき、今に至る。

できるだけ大型のショッピングモールで食事やら物資を振る舞おうと思っていたが裏目に出てしまった。

とりあえず今日の目的地には着いたので、二人を待つことにする。

先に時間解凍を準備を始めるが建物が大きくて骨が折れそうだ。


大体10分後。二人とも追いついてきた。

明音先輩の背中には疲れ切った伊扇が乗っていた。


「ご迷惑おかけしてしまってすみません」

「いいわよ、これくらい。私たちこそ、ごめんね。ちょっとペースが早かったわよね。秋灯も先に進みすぎよ」

「いや、明音先輩が今日はここがいいって言ったからじゃないですか。食料とか寝具とか色々揃っているからって」

「だってここなら伊扇さんの物資が揃うでしょ。ただ、こんなに遠いって思わなかったのよ。秋灯が先にスタスタ行っちゃうから変にプレッシャーがあったのよ」


二人がやんややんや言いながら責任をなすりつけ合うが、伊扇が居た堪れなさそうにしているので流石にやめる。


「私、あまり体力に自信がなくて。、、お二人はその、、、いつもこれくらいのペースなんですか?」

「いえ、いつもはもう少し遅いですよ。今日は流石に早く歩き過ぎました。本当申し訳ないです。」


最近は明音が早く歩く、もとい走り出したりするので、今日以上のペースで進むこともあるが黙っておく。

伊扇の体力がないのは正直誤算だったが、同行を承諾してもらったら体力が有り余っている明音におぶって貰えば問題ないだろう。


「とりあえず今日はここに泊まりましょう。一階がスーパーになってたんで、俺は料理の準備をしてきます。

明音先輩と伊扇さんはどこで寝るか決めておいてください。二階の南側に家具売り場があったのでその辺の確認をお願いします」

「えとえと・・この大きさの建物の解凍をしたんですか?」


敷地面積は100m×200m程度。階数は三階建て、中の構造は吹き抜けやエレベーター、出入り口が数十箇所。

鉄筋構造や空調設備、衣服や、雑貨の一点一点に至るまで解凍を行ったが、流石に頭がちぎれそうだったのでもうやりたくない。


「時間が結構かかりましたが、おそらく解凍できてるはずです。もしかしたら屋上とか電気室とかは止まったままかもしれませんが」

「ほぇぇぇぇーーーーー」

「秋灯、また解凍の範囲が広くなったわね。お疲れ様」


明音先輩が労いのつもりか頭をポンと叩いてくる。

時々年下扱いしてくるが、悪い気はしない。


「それじゃあ私達は二階に行ってくるわね。ほら伊扇さんいくわよ」

放心状態の伊扇を連れて、明音が建物の中へ入っていく。


秋灯は伊扇の後ろ姿を見ながら彼女について考える。

今日の半日の姿を見る限り、昼間遭遇した場所まで自分達より早くたどり着いていたことがおかしい。

魔力を使えば身体の強化ができるみたいだが、今日は使わなかったのだろうか。隠しておきたかったのか、それとも別の理由があるのか。


試練に参加しているということは伊扇もまた他の参加者、明音と同様世界を変えたいほどの願いを持っている。

心に相当な想いを抱えているはずだ。まだ出会って半日。彼女の人となりの判断はできない。


「それでも、悪い奴には見えないかな」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


1階のフードコートにて、調理した料理を並べていく。

伊扇の好みがわからなかったので今日の料理は無難にカレーにした。

そのほか唐揚げやとんかつなど惣菜を各種。家電コーナーに発電機があったので、レンジやトースターを使って過熱しておいた。


時間の解凍を実施してしまうと当たり前だが、指定した空間の時間が動き出す。

ただ、電気や水道、ガスなどインフラ設備は供給基の時間が止まっているため使うことはできない。

2、3日もすれば冷蔵が必要な食材は全て腐ってしまうので、できるだけ食べるようにしている。


時間解凍を物の時間が止まったまま位置だけ動かせないだろうか。

漫画などでそんな描写を見た気がするが、座標の固定と物体の時間の固定は同じなのでやり方の検討がつかない。

位置だけ動かせれば保存が簡単になるのだが。


秋灯が時間解凍について考えていると、明音先輩と伊扇がエスカレーターを降りて近づいてくる。

もちろんエスカレーターは動いていない。


「これだけの量の食べ物が!すごいです!とても美味しそうです!」

「秋灯、準備ありがと。寝床の用意と一応バリケードも設置しておいたわ」


あれから伊扇は復活したようだが、食べ物を前にしてテンションが高い。


「伊扇さん他にもお惣菜とかお刺身とかまだまだ残っているので、好きなだけ食べてください。明音先輩もありがとうございました」


「・・・いつもこれだけの量を準備しているんですか?」

「そうですね、いつもこれくらいは。スーパーやコンビニなどお店一つを解凍をすることが多いので、どうしても余らしてしまいますが」

「余る?私は時々解凍がうまくいってお惣菜を食べれることはあっても、ほとんどカンパンとカロリーメイトと保存食品と、、お水だってすごく貴重で・・・・・」


伊扇から負のオーラが流れてくる。

道中ひもじい思いをしていたのだろう.


「ほらほら食べるわよ。秋灯がせっかく用意してくれたんだから冷めちゃう前に食べましょ」


全員席に着き、食事を始める。

食べながら伊扇の同行の返答を聞こうかと思っていたが、黙々とすごい勢いで食べすすめていて質問できない。

途中離席したかと思えば、お刺身と春巻き、焼き鳥、ピザ、諸々を両手に抱えて戻ってきた.

フードファイターのようなスピードで食べ進めていくが、その身体のどこに入っているのだろう。


「ごちそうさまでした.こんなにお腹いっぱいになったのは2週間ぶりです!」

「お粗末さまでした」

伊扇の食事姿を眺めているだけで正直お腹が膨れた.


「伊扇さんよく食べたわね.身体のどこにそんな量入るのよ」

「私魔力変換効率が高くて・・食べても食べてもすぐ分解されてしまうんです」


恥ずかしそうにしている伊扇だが、聞きなれない単語が出てきた.


「魔力変換?何それ?」

「えっと、魔力は胸の右側の臓器で生成されるんですけど、食べた物だったり人の体力から魔力に変換されるんです.私の場合、食事をしたら胃で消化されていく過程で魔力の生成に使われてしまうみたいで.だから、その、お腹がすぐに空いてしまって・・・」


彼女が食事に喜んでいたのはこれが理由みたいだ.


「胸の臓器って心臓じゃなくて?右側に何もないでしょ?」

「物質的な臓器じゃなくて霊的な臓器らしくて・・だから質量は無くて、魂とかと同じものだと考えてください」

「へぇーそんなものがあるのね.私にもあるのそれ?」

「えっと、基本的に生物であれば心臓の横にあって。ただ、魔術師じゃない人は機能が弱いらしいです.白峰さんの場合、魔力の精製が活発的に行われていると思いますが」


明音は自身の右胸を摩りながら、感慨深そうに聞いている.

人前で胸を揉まないでほしい.


食事が落ち着いたので秋日は確認したかったことを伊扇にぶつける.


「伊扇さん一点お聞きしたいのですが、東京から先ほどの民家まで我々より到着が早かったですよね.お昼以降の姿を見ていると体力的に難しいと思うんですけど、どうやって進んでました?」

「えとえと、私は魔力の制御がすごく下手なんですけど、一応身体の強化ができて、だからそれを使って進んでました.ただ、魔力を使っている間はその・・周りに突風を出てしまうことが多くて、そのせいで身体が吹っ飛んぶこともあって、そもそも身体の強化をしても素の肉体が弱いので短時間しかできなくて筋肉痛もひどくて。・・・一気に進んで、一日休んでを繰り返してました」

「なるほど、お昼から民家で寝ていたのはそういう理由だったんですね」

「いえ、あれは・・休んではいたんですけど、お腹が空きすぎてて、それを紛らわせるために寝ていて・・」


伊扇は既にお昼の時点で時間解凍を使い切っていた.

今朝方に別の場所で一回.あの民家では玄関と冷蔵庫に2回.

彼女の食事量を考えれば時間解凍が3回しかできないのは少なすぎるのだろう.


「それでしたら時間解凍の方法を教えましょうか.範囲を少しは広げられると思うので」

「本当ですか!?ぜひ教えて欲しいです!」

「うーん、多分難しいわよ.秋灯のやり方だと頭が二、三個ないとできないわ」


横から明音先輩が苦言を入れてくる.

明音先輩は一日に一回時間解凍の練習をしているが、未だに範囲を広げられていない.

コツさえ掴めば成功できると思うが、いかんせん自分の感覚を人に伝えるのが難しい.

最近は半ば諦めているように感じられる。


「えっと、・・・・やっぱり難しいですか?」

「多分感覚を掴めればなんとか「めちゃくちゃ難しいわ」」

人の言葉に被せてくる.


「とりあえず今日は伊扇さんは時間解凍を使い切ってるみたいなんで、また明日お教えしますね.多分やりながらの方が伝えやすいと思うので.それとこの流れで聞いておきたいのですが、明日からどうします? こちらとしてはやはり一緒に行っていただけると嬉しいのですが」


明日に予定を入れ若干断りづらくする。

少し卑怯だと思うが、試練に通過するためだ。そんなことは言ってられない。


「えとその、私・・さっきもお伝えしたように素の身体はあまり強くなくて。魔力で強化してもすぐに切れてしまって・・進むスピードをお二人に合わせる自身がないです」

「そこはやってみて調整しましょう。辛ければ明音先輩におぶってもらって構わないですし、魔力の強化がどの程度か分かりませんが、同行が難しかったら地図で集合場所を決めて夜に落ち合うみたいな形を取ればいいと思います」


風で吹き飛ぶと言っていたが、どれくらいの規模なのだろう。

近くにいただけで吹き飛ばされてしまうのだろうか。


「えっと、でも、私がその、色々してもらってばかりで・・」

「風穂野は私たちと一緒に行くのは嫌?まだ半日しか一緒にいないけど私は一緒にいて楽しかったわ.四国まであと2週間程度、あなたが少しでも私たちと一緒に行きたいと思ってくれるなら一緒に行きましょ」


明音先輩が直球で聞く.ここで下の名前で呼んだのはわざとだろうか。


「・・・私も一緒にいさせて欲しいです」

「やった!よろしくね風穂野!」


ようやく伊扇の承諾をもらえる。

おそらくメリットの提示だけでは彼女が了承することはなかっただろう。

明音先輩の感情は秋灯にとって眩しく感じる。

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