第一試練7 腹ペコ少女

「えーと、そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ」

「す、すみません」


伊扇と名乗った少女が和室の隅にちょこんと正座している。人と話すのが苦手なのか目を伏て身体を小刻みに震わせている。

異性の秋灯にことさら緊張しているのかもしれないが、年下の少女に泣かれそうになるのは正直へこむ。


「自己紹介してなかったわね。私は白峰明音と言うわ。急に話しかけてごめんなさいね伊扇さん」

「いえそのえっと・・大丈夫、でした」

「一つ聞きたのだけど、東京で一度会ったかしら?皇居近くのスーパーだったと思うのだけど」


横の明音先輩が声をかけてくれる。

まだ同性のほうが話してくれそうだ。


「えとえと、鐘ヶ江さんに声をかけられたと思います。その節は逃げてしまってすみません」

「時間が止まった直後ですもの。見知らぬ男が声を掛けてきたら逃げるのも当然よ。それに秋灯って胡散臭そうに喋るし」


先輩に突っ込みたかったが、ようやく話してくれそうな雰囲気になっているのでやめておいた。


「でもあれってどうやったの?一瞬で目の前からいなくなったけど」

「あれは、その・・・魔力が暴発してしまって。私はその、感情が昂ると制御できなくて、ああやって人から逃げてしまうんです」

「魔力!あなた魔法が使えるの?」

「いえ、私は魔力は持っていますけど、魔術は使えなくて。一応練習したんですけど才能がなくって。あとえっと、魔法と魔術は別物だと考えられてるみたいでして魔法を使える人はいないみたいです。」

「ん?魔法と魔術って違うの?」

「魔術師の人たちの間だと区別しているみたいです。私もその、詳しくは知らないんですが」


これはあたりを引いた.魔力に魔術。さっきからとんでもワードを当たり前のように話している。

魔術や魔法の違いがあることや現代に魔術師がいたような内容にはとても興味を惹かれる。

試練の規定にあったため魔術が存在しているとは思っていたが、ようやくある程度知っている人を見つけられた.


「魔術についてすごい興味があるわ!秋灯、私たちから伊扇さんに聞きたいことは魔術の話でいいわよね」

「そうですね.できれば話せることだけでいいので聞かせていただきたいです.魔術師は他にも参加してそうですし.あとできれば現在の地球の状況、禁制について、明音先輩が遭遇したお化けみたいな異形についても知っていることがあれば聞きたいです」


「あのあの、魔術については私もあまり知らなくて、人様に教えられるようなことが少なくて.・・・知っているのは魔術師界の一般的なことくらいで、、」

「全然いいわよ!魔法みたいな奇跡を使える人に話を聞けるだけで私は楽しいわ!」


自分の興味じゃなくて試練に有用かどうかで決めて欲しいのだが.

明音先輩のテンションが高くて止められなさそうだ。


「私達が要求してばっかりもあれね.伊扇さんから私達に聞きたいことはない?秋灯はね色々と便利な男で試練の細かいことも調べているわよ」

「私はその。えっと、お聞きしたいというより、お願いがあって・・」


言いづらいことなのか口にするのを躊躇っている.

明音先輩の性格的に「もっとしゃきしゃき喋りなさいよ!」とか言いそうだが、すごい優しい顔をしている。


「えとえと、食料を分けてください!!」


自分のお願い叫ぶ伊扇。そういえば東京で遭遇した時スーパーでもお腹を空かしていたっけ。

惣菜コーナーで涙目になっていたのを思い出した.


「食料?全然いいけど、そんなことでいいの?デバイスを使って解凍すればどこでも手に入るでしょ?」

「reデバイスだと、その、範囲が狭くて、回数も3回までしかないですし。それに、私魔力を使うとすごくお腹が減ってしまって・・・・」


恥ずかしいのと申し訳なさが混在しているような顔で、言葉が尻すぼみになっていく。


「秋灯、食料はどれくらい余っている?」

「昨日の夕食の残りのお惣菜と缶詰が少しです。今は手持ちが少ないですね。伊扇さん、この家の食べ物はもうなさそうですか?」

「ひぇっ!・・・・・・・冷蔵庫に入っていて食べられそうなのはあらかた食べてしまいました」


流れ的に話しかけても行けると思ったが叫ばれた。

そこまで怯えられるのは流石に悲しい。


「秋灯この家に他の食べ物は残ってそう?」

「ちょっと待ってください.・・・・キッチンの戸棚にカップ麺とお菓子があります。押し入れには、保存食の缶詰が結構ありますね。一応解凍しておきます?」

「そうね。他の家は遠そうだったし一旦ここで調達しましょう。伊扇さん少ないかもだけど、一旦食料を提供するわ。まぁ、他人の家のものだから提供も何もないんだけど」


明音に了承をもらい、時間解凍の準備をする。


「座標軸固定・・・完了.認識拡張・・完了.立体展開・・完了」

「あのあの、何しているんですか?」

「秋灯はねデバイスの使い方が独特なのよ。時間解凍は指定できる範囲が狭いけど、秋灯はそれを広げられるみたい」

「記憶開始・・完了.アンチフリーズ」


民家全体の時間が動き出す。

伊扇は口を大きく開けて驚いているたが、とりあえずキッチンからカップ麺を持ってくる。


「本当に時間が動いてる」


畳を触ったり近くのドアを開け閉めして時間が解凍されたことを確認する伊扇。

落ち着きなく部屋をぐるぐると回っているが、とりあえずカップ麺を渡す。


「どう?すごいでしょ!デバイスが渡されてから二日目くらいで秋灯はできるようになったのよ!」


なぜか明音先輩が誇らしげに自慢しているが悪い気はしない。


「・・・・・・・すごい、すごいです!これならいつお腹が減っても食べ物が手に入ります!時間解凍の回数に追われることもない。寝床だって、硬い地面じゃなくてふかふかの布団で、畳がこんなにも柔らかいです!」


一瞬プルプルした後、興奮気味に喋りだした。少女が涙目で畳にほおづりしているが、気持ちは分からなくもない。

ほんとに時間が止まった床は硬い。


時間解凍の範囲と一日の使用回数は試練の参加者を悩ませているのだろう。

建物に入るためには入り口や玄関に一回。食料で1回。寝床の確保などにも使っていたら3回はすぐに使い切ってしまう。


「とりあえず、昼食をとりながら話しましょうか。食料も足りなそうなら他の民家やスーパーから持ってきます」


伊扇を落ち着かせながらこの後の提案をする。

こちらから提供できるものに満足してくれそうでよかった。

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