序章5 停止した世界の空
「綺麗ですね」
純粋にその言葉が湧いてきた。
テレビの映像では見たことがあったけど,満点の星々が二人の頭上にあった。
人の明かりが消えた世界の空はここまで美しいのか.
焚き火を囲みながら地面に仰向けになり、かれこれ一時間以上見上げている.
陽の出ているうちにテントの設営と食事を済ませて明日に備えていたが,暗くなってからはずっと夜空を見続けていた.
「綺麗ね、本当に.言葉がそれしか思いつかないわ」
綺麗、美しい。
語彙が乏しくなるほど感動していた.
「白峯先輩、ひとつ聞いていいですか」
「何よ急に」
終始二人とも無言だったが、改まって秋灯が話しかける。
この空気感なら聞けるかもしれない。
「神の試練は“世界を変えたいほどの願い持つ者が選ばれる“って言ってましたけど、白峯先輩の願いってなんですか」
「唐突ね。願いなんて人の内面に関わるんだから,もっと慎重に聞きなさいよ」
「すみません、気になってしまいまして」
明音は秋灯が真正面から願いについて聞いてきたことが少し意外だった。
まだ一日しか一緒にいないが、デリケートな質問は避けるタイプだと思っていた。
はぐらかしてもよかったが、これから願いについて人に話す機会が増えるかもしれない。
自分の奥底にある願いについて誰にも話したことがなかったため,明音は言葉にするのに躊躇う。
「・・・私の願いなんてありふれてるわよ。この世界は不条理で凄惨で、大抵よくないことが起こる.生きているうちに幸せを感じるなんて何度あるかわからない。ただ、それってあんまりじゃない。どんなに文化が進歩しても幸せになれない人が多いなんて」
明音は抑揚のない声で淡々と続ける。
「世界が良くなってほしい。生きている人全員が幸せになってほしい。現実が見えてない子供みたいな願いだって分かってる。でも、それでも私は世界を救いたい。世界中の全員が人生の最後に残す言葉が「あぁいい人生だった」って胸を張って言えるようなそんな世界であってほしい。私の願いなんてそれだけよ」
焚き火の影に隠れて明音の表情はわからない。どんな顔で今の言葉を口にしたのか。
神の試練に選ばれるくらいだ。本気で望んでいることなのだろう。
ただ、なんとなく悲しそうに聞こえた。
「いい願いですね。とっても優しい願いだと思いますよ」
「子供みたいって思ったでしょ。やっぱり人に伝えるのは恥ずかしいわね。・・もう寝るわ。あなたも早く寝なさい」
明音は話を終わらせ,自分のテントへ向かう。
人の願いなんて色々あるが、明音の願いを聞いても心の内まではわからなかった。
何を経験し、考えて、その願いへと至ったのか。
ただ秋灯は,世界を変えたいと思う程の願いを持てそうにないなと感じた。
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