序章6 未確認少女

荒川を渡ってようやく東京の足立区へ入る。

川の流れは止まっておらず停止した世界でも動いている。

空気や日光と同じく時間が動いていて,なんとなく嬉しくなった。

堤防敷には芝生が生えており、快晴のもとで寝転んだら気持ちが良さそうだ。


若干ふくらはぎに筋肉痛を感じながら、今日はまだ余力が残っている。

秋灯は視界の先にスカイツリーの全景が見え、ようやく東京まで来たことを実感した。

さっきまでビルに隠されて先っちょしか見えてなかった。


車を躱しつつ橋の上を進むリアカー。辺りを見回すが,昨日より若干車が少ない気がする.

足立区周辺に訪れたことがないから普段の交通量はこんなものなのかも知れないが,車道に出ている車の台数が,減っているように感じる。


「まだ試練の開会まで五日あるわ.どこか拠点を探してから皇居近くを確認しましょう」

「分かりました.試練の参加者ってどれくらいいるんですかね。そろそろ動いている人と会いたいですね」


ここまでの道中、明音と同じ正規の参加者には遭遇しなかった.

主要なバイパスを通っていた事もあり,周りを警戒していたが結局見かけることはなかった.

試練の参加者は思ったより少ないのかも知れない。もしくはこちらに気づいて避けられていたか。

荷台に人を載せてリアカーを引いている人間を見つけたら自分だったら避ける。


「参加者に会ったとしても一旦様子見よ。参加者同士の争いは禁止されてるみたいだけど,何があるか分からないわ」

「わかりました.できれば何人かから話を聞いて見たいですが、安全第一で行きましょう」


周辺を探索しながら、リアカーを引く.

昨日は公園で一泊したが、動いている人間がおそらくいるだろう皇居近くでは建物に入って泊まりたい.

試練の参加者でない自分が動けている時点で、神様もきっと完璧じゃない。

争いが禁止という情報にもどこか抜け穴がありそうだ.


道路脇の建物の入り口に目を向ける。

扉や窓が開けっぱなしになっている建物なら中に入ることができる。

民家は大抵ドアも窓も閉じられていたが、オフィスビルならどうだろう.

非常用扉とか開けっぱなしになっていないだろうか。

できればタワーマンションなど,東京の景色が確認できる高所に陣取りたい。


「っ?! 白峰先輩!」

「ええ、聞こえたわ!」


前方の建物、スーパーマーケットの中から誰かの声がする.

ここからでは言葉までは聞き取れないが、啜り泣いているような声が聞こえた。


リアカーの持ち手を下ろし,明音も荷台から降りる。

目の前のお店まで足音を殺しつつ近づく。


「うぅ・・・・ひくっ。東京もやっぱり止まってる。お肉がこんなにあるのに。取れない・・」


女性らしき高い声で泣き言が聞こえてくる。

どうやら食べ物を探しているらしいが。


「お野菜もだめ。お魚もだめ。カップ麺も冷凍食品もお菓子も・・・・うぅぅぅ、お腹空いたよぉぉ」


入口付近のレジに隠れ、声を発した人物を探す。

スーパーにの中を物色しているようだが、総菜が置かれた場所で後ろ姿を見つける。


背中しか見えないが、中学生くらいの身長に学校の制服。

胸元まで垂らされた長い黒髪と背中には小さめのリュックサック。

髪色が光の反射で暗い翠色に見えた気がした。


少女はちょうどコロッケが入った総菜のパックを掴むが、案の定時間が止まっているため取ることが出来ない。

手の甲に血管が浮き出るほど力を込めているが、柔らかそうなプラスチックパックは見た目に反して微動だにしない。

一分後。流石に諦めたのか少女は変なうめき声をあげながらその場にペタンを座った。

見てはいけないものを見てしまった。


「うぅぅ・・あと5日もあるのにどうしよう.頑張ってこんなに早く東京に来たのに」


泣き言が止まらない.なんだか見ているこちらが辛くなる.

背中がどんどん丸まっていき,気落ちしている姿が見てとれる.


発言の内容から明音先輩と同じ参加者だと思うが、食べ物の準備をしていなかったみたいだ。

昨日の秋灯と同じく,時間が止まってしまった世界に食べ物もなく放り出された状態だ。


「どうします白峰先輩?」

横で秋灯と同じように食品が詰まった棚に隠れ、様子を伺っている明音に声をかける.


「流石に大丈夫でしょ。見た感じまだ子供だと思うし」

自分も子供だということは棚にあげ、明音が返答する。


「あれも演技かもしれませんよ。他の参加者の同情を引いて、食料を奪う算段かも」

「あなた思ったより容赦ないこと言うわね」


既に半泣きになり、動こうとしない少女を見ながらこの後の相談をする。

他の参加者とは、タイミングが合えばどこかで接触しようと考えていた.

明音先輩以外からも夢のお告げの内容について聞きたかったし,試練について他の事情を知っている人物がいるかも知れない.


目の前の少女は見るからに無害そうなので、話しかける相手として重畳だろう。


「とりあえず、俺が話を聞いてきます。まだ食料に余分がありましたよね。申し訳ないですけど、カロリーメート数本で交渉してきます」

「分かった、それでいいわ。ただ、あれだと食べ物に困ってそうだからもっとあげて大丈夫よ。秋灯と二人でも一週間で食べきれない量があるから」


明音先輩はやはりというか、結構人に甘い。

これから先、神の試練で競い合う相手なのに普通に少女の心配をしている。

食料に関しても、まだ会って一日しか経っていない秋灯がいる前提で話を進めている。

神の試練が人を蹴落としあうデスゲームとかだったら、この人は大丈夫なんだろうか。


明音の言動に少し不安になりつつ、少女へ近づいていく。

警戒されるだろうが、カロリーメイトを餌に試練について知っていることを聞き出したい。


「あのーすみません。大丈夫ですか?」


項垂れていた少女の背がびくつく。

声を掛けられたことに驚いたのか、急速にこちらを振り向く。


秋灯と少女の目が合う。

丸々の少女の目が大きくひん剥かれこちらを凝視してくる。


「試練のことについてちょっと話したい「きゃっぁああ!!!」」


言い終わらず、少女が悲鳴をあげる。

そして一瞬,身体から淡い緑色の光を発し突然目の前に突風が吹き荒れる。


予期しなかった風圧を全身で受け、そのまま後ろへ吹っ飛ぶ秋灯。

アホみたいに硬い後ろの商品棚ーー時間が停止している物は異常なほどに硬いーーに叩きつけられ、意識が落ちそうになる。

スーパーの中なのに小型のトラックに轢かれたみたいだ。

秋灯はなんとかその場から起き上がり目の前を確認するが、まだ吹き荒れる小さな竜巻を残して少女が消えていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


スーパーマーケットの珍事の後、秋灯と明音は無事に宿泊できそうなビル見つけた.

室内は外と同じく時間が止まっていて床が非常に硬いので,持っていたテントを張ることにした。

寝袋とテントの厚みでいくらか床の硬さがましになる。

ちなみに、先ほどすごい勢いで棚に叩きつけられた秋灯だが、何食わぬ顔でテントの設営をしていた。

意外と秋灯は丈夫だった。


パソコンとデスクが整然と並んだよくある会社のオフィス。

机の上には書類の束や飲みかけの缶コーヒーなどが置かれ、日常が切り取られたまま静止している。

積み上げられた厚手のキングファイルは今にも崩れそうだったが、見た目から感じられないほど硬く固定されている。


今いるのは三階のフロアで、運よくここまですべての扉が開いていた。

一階の非常口は大きく解放されていて、そのまま三階のフロアまで通過することが出来た。

明らかに社員証をかざさないと通れなさそうな扉が開けっぴろげになっていたがこんなものなんだろうか。


三階の入り口と階段に荷物で簡易的にバリケードを作り、他の人が入ってきた場合に備える。

辺りは東京とは考えられないほど静かなので、人が入ってきたら気づくと思うが万が一があるかもしれない。

眠っていても物音で気づくと思ったが、バリケードがある方が落ち着いて眠れる気がした。


あれから消えてしまった少女以降、人には出会えなかった。

参加者がお互いに警戒しているからか、それとも東京にまだ集まってないのか。

もしくは参加者の数が非常に少ないことも考えられる。

東京は意外と広い。昼間の少女から話を聞けなかったのは勿体なかったかもしれない。


そもそもあれは一体なんだったのだろう。

スーパーでの出来事を一通り思い返してみるが、秋灯は少女から目を離したつもりはなかった。

むしろ戸惑っていたのは向こうのほうで、こちらは十分身構えて話していた.


ただ、一瞬で視界から姿を消した。

淡い緑色の光を発して、嵐を巻き起こし、そして秋灯を吹っ飛ばした。

人体にそんな機能はないと思うが、あの光は明らかに少女の身体から滲み出ていた。


「時間が止まった世界なんだから何があって不思議じゃないでしょ」


既に寝入っていると思った明音先輩が横から話しかけてくる。

寝袋に包まり顔を毛布で覆っているから声がくぐもって聞こえた。


「でも、あれは説明がつかないじゃないですか」

「超能力を持った女の子だった。多分そういうことでしょ」


元も子もない結論をつける明音。

超能力と言われてしまえば考えても意味がない.


「明日は皇居まで行くのよ。今のうちに休んでおきましょ。世界の時間が止まったんだから、もう私たちの常識は通用しないのよ」


明音先輩はあんまり動じていないみたいだ。覚悟が決まっているのか。それとも諦めているのか。

どちらにせよ、常識外のことを考えても分からないので秋灯も考えることをやめた。

ただ、


「・・あの女の子と闘うことがあるかもしれないんですよ」


秋灯は明音に聞こえない声で小さくつぶやく。

同じ参加者同士、試練の内容にもよるが戦うことがあるかもしれない。

高校生男子を吹っ飛ばし、一瞬で視界から消える系の女子と。


この世界はいつから不思議ファンタジーの存在が許される世界になったんだろうと秋灯は思った。


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