序章3 停止した世界とリアカー
昨日までは車が何台も行き交い、煩雑としていた幹線道路。
車内には運転者はおらず、無人の車がジオラマのように放置されている。
人の生活していた痕跡だけを残し、静寂に包まれた世界の中で車輪のギコギコという音と人の息遣いだけが響いていた.
車と車の間を縫うように進むリアカー。
赤信号で何台も止まった車の脇を歩道に乗り上げつつ、なんとか進む.
停止した世界で、場違い感が否めない.
秋灯は額に汗を滲ませながら、リアカーを引いていた。
時刻は15時ごろ.高校を出発し、すでに三時間が経過していた.
荷台には大きなバックパックと明音先輩が乗っている.
秋灯が扉から引っ張ってもらったのと食料を分けてもらうことにせめてもと申し出た.
「大丈夫?そろそろ代わるわよ」
「いえ,これくらい。全然平気です」
時節明音から声がかけられるが、秋灯は申し出を断った.おそらく明音と出会っていなければ本当に死んでいた可能性が高い。
最悪あのまま壁に挟まり、餓死エンドも考えられた。少なくとも、こうして東京に向かおうとは思わなかっただろう。
リアカーを引きながら終始周りの状況を確認していたが、これまで人を一人も見かけなかった.
物音ひとつせず、静寂の世界が広がっている.かろうじて動いているのは、太陽や雲。呼吸できるから大気も動いている.
流石に地球の自転は止まっていないようだ。
ただ、猫や犬、カラスや鳩など普段道端で目にする動物をこれまで目にしていない。
世界の時間が止まると同時に、人以外の生き物も止まってしまったのかもしれない。
なら虫や微勢物などは.蜂が絶滅したら受粉ができなくなって自然の生態系が壊れるなんて話を聞いたことがあるけど、微生物や菌なども止まっていたらまずいんじゃないだろうか。
もしそれらの時間が停止していたら,これからの生きていく上で何か不具合が起きそうだ。
そもそもスーパーやコンビニなど建物の時間が止まっているから、一週間は明音先輩の食料があるから持つとしても、二週間、一カ月となると食料が手に入らない。
というかやけに足が重い.まだ三時間しか歩いていないのに足首にじんわり嫌な痛みを感じる。
道路のアスファルトも他の建物と同じく時間が止まっている。そのせいで異常に硬くて足に負担がかかるのかもしれない。
上履きじゃなくて、せめて普通の靴だったらよかったが、秋灯の靴は今も高校の下駄箱に残されている。
勿論時間が止まっているので、動かすことが出来なかった。
秋灯は尚も考察を続けていくが、今朝の状況は挟まった扉から引っ張り出されるという間抜けな出来事だが。
考えれば考えるほど、奇跡的に自分の命が助かったことを実感していた。
「少し暗くなってきたから泊まる場所を決めましょう.地図だと斜め右の方向に大きい公園があるからそこでテントを張れるわ」
思考をめぐらせてると既に時刻は16時を回っていた.
この時期なら17時過ぎまで明るいが、太陽が沈んでしまえば辺り一面真っ暗になる。
東京に近いこの場所が真っ暗になることが想像しにくいが、明かりが一切ない状況は流石に危ない.
「わかりました」
時間が停止しているという状態は予想以上に厄介だった.
コンビニなど目の前にあると感じる食べ物が動かせず,食べれない.
宿泊するためどこかの家に入ろうと思ったが,鍵がかかっているから扉が開かないことは仕方ないとしても,窓を叩き割ることもできない.
物体が止まった世界は想像以上に不自由かもしれない.
今の生活は明音先輩が持ってきたバックパックの中身だけが生命線だ.
できれば屋根の下で寝たかったが,都合よく扉が開いたまま放置された家は見つけられなかった。
それに民家の中に入れたからといって,ソファーやベッドは時間が止まっていてカチコチだ。
道路の上で寝るのと大差ない。
秋灯はリアカーの進路を変え公園を目指す.
汗でシャツが身体に張り付いているが、当然シャワーは浴びられそうになかった。
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