第8話 チューリップ
「チューリップ……」
「あ、分かりますか?」
そんな会話をしつつ、辺りをちょっとキョロキョロと見渡しても、本来であればあるはずのモノが見当たらない。
しかも、当の本人もそれを持っていない様に見える。
その事を不審に思いつつ「ええ」と返事をしつつ、もう一度キョロキョロと辺りを見たけれど……やはり見つからない。
「もしかしてだけど、チューリップを素手で植えていたの?」
そこで思わず庭師にそう尋ねると、当の庭師はキョトンと不思議そうに「はい」と答える。
「へっ、へぇ。なるほどね。それなら……手がそれだけ荒れてしまうのも無理ないわね」
「え、そうなんですか?!」
まさかそれが原因だなんて思っていなかったのか、庭師はビックリとした表情だ。
「ええ。そもそも、庭師の仕事を素手で行っている人を初めて見たわ。普通何か手に付けるでしょう?」
私の家にも学園にも庭師はいたけれど、その人たちはいつも手袋を付けていた。だからこそそれが「普通」だと思っていたのだけど……。
「ずっと長い間このやり方でやってきたもので……。つい」
どうやらそれは「普通」ではななかったらしい。いや、この人が変わっているだけなのかも知れないけど。
そして苦笑いを見せる庭師に、ちょっとだけ「仕方ないか」という気持ちになってしまうのは……多分、この人が持つ雰囲気もあるかも知れない。
でも「さすがに怪我をしてしまう危険がある」という事実がある以上見過ごせない。
「お気持ちは分かりますが、怪我をされては元も子もありません。ライオネル様も悲しんでしまいます。せめて手袋を付けて下さい」
「分かってはいるのですが……どうにも」
しかし、手袋を付けてもらわないと困る。特に『チューリップ』を植える時は……。
「単刀直入に言うと、この『チューリップ』が原因です。植える量が少なければ素手でも問題はなかったとは思いますが……」
そう言いつつ私の視線の先にあるのは……大量の『チューリップ』の球根。
「この量を植える時はさすがに手袋を付けないと、アレルギー性の皮膚炎を起こしてしまいます。つまり、今のあなたの様な手になってしまうのですよ」
「……だから手袋を付けていたのか」
多分、その「手袋を付けていた人」というのはこの『チューリップ』の球根を販売した商人だろう。
「いや、本当なら庭仕事をする時はみんな付けているはずですが……」
思わずツッコミを入れてしまったけれど、当の本人は全然気にしていないのか「はは」と笑っている。
「とにかく。これだけの量を植えようとするのであれば、手袋は必須です。後は……」
「?」
「使い終わってからその手袋は必ずよく洗って下さい」
「……それだけ強力な毒がつている……という事ですね」
念を押す様に言うと、さすがに『チューリップ』の危険性が分かったのか庭師は納得した様に頷く。
「そういうワケですので、気を付けて下さい」
「わざわざありがとうございます」
そう言って庭師はポケットから手袋を取り出した。
「……」
いや「持って来ていたの?」なんて思ったけど、別に言う必要もないかと思い、あえて反応はしなかった。
それよりも彼には他に大事な事を聞かなければならない。
「あ、ちょっと待って!」
「はい?」
そこで私は作業に戻ろうとしている庭師を呼び止めた。
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