第7話 ある物


 新聞の一面には大きく「現在、アスタリア王国では原因不明の不審死が多発している」と書かれていた。


「被害者の共通点は……女性が多いという事くらいで他には特になし。それどころか貴族や平民などの身分もバラバラ。切り傷などの目立った外傷もなし」


 つまり「誰かに刺されて」というワケではないらしい。


「場所は……地域特有の何か……でもなさそうね」


 アスタリア王国は北に行けば行くほど緑が深くなり、南側は海だ。そのせいか地域によって土地の性質が違う事がある。


 しかし、どうやらその可能性もこの新聞を見た限り低そうだ。


「そうなると、あと考えられるは食べ物とか習慣とかそういった話になるけど……」


 そもそも平民と貴族では食べている物だけでなく生活習慣も全然が違う為、その可能性もなさそうである。


「……ん?」


 一人でブツブツと呟いていると……ふいにルカの視線を感じてそちらを見ると、なぜか嬉しそうな表情を浮かべている。


「どうしたの?」


 思わずそう尋ねると……。


「いえ、なんだか楽しそうだなと思いまして」

「……そう?」


「はい」

「……」


 ルカは自信満々に答えるけれど、当の本人である私はそう思わない。そんなに楽しそうに見えたのだろうか。


「でも、コレはれっきとした事件。楽しい楽しくないと言っている場合ではないけどね」

「……そうですね。大変失礼致しました」


 でも、実際身の回りでこういった事が起きていると思うと……本当に楽しさよりもやはり怖いが勝る。


「外傷がないっていうのが一番怖いわね」


 もちろん、外傷があるのも怖い。でも、逆を言えば外傷があれば凶器の特定なども出来、事件の解決は迅速に出来る。


 ただ、それがないとなると……他に原因などを考えなくてはならない。


「もしかしたら、ライオネル様もこの事件の調査に関わっているかも知れないわね」

「……そうかも知れませんね」


 ルカも私の意見に納得して首を振る。


 シュヴァイツ様は社交界でも『毒伯爵』と言われるだけあって「緑に詳しい」とされている。


 でも、こうしてこの家。領で過ごして分かったのだけど、正直シュヴァイツ様を本当に『毒伯爵』と言っていいのだろうか……と思っている。


 だってシュヴァイツ様が本当に詳しいのは……。


「まぁ、原因が分からない以上。ありとあらゆる角度から事件を見つめるのは当然だもの――」


 結局、刺繍をしている気分にもならず気分転換がてらルカと庭園を散歩していると……。


「いっ!」


 一人の庭師が顔をしかめて痛そうに手を押さえていた。


「どうかされましたか?」

「ああ、これはこれは奥様」


 庭師はニッコリと笑っているけれど、その痛そうな手を見てしまうとかえって痛々しく見える。


「あの、随分と手が痛そうですけれど……」


 私が心配そうに手を見ながら尋ねると、庭師は困った様に「申し訳ありません。さっきまでは何ともなかったのですが、なぜか手が荒れやすくなってしまいまして」と答える。


「あら。それは……今日、いつもとは違う事でもしたの?」


 そう尋ねると、庭師は素直に「ええ、まぁ」と言いながら自分の近くにある『ある物』を差した。


「今日は王都で流行っているこの花の球根を植えていたのですが……途中でこうなってしまって……」

「……」


 困った様に笑う庭師とは対照的に、私は真顔で庭師が差した『ある物』である『チューリップ』の球根をジッと見つめた――。

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