第3話 私の夫になった人
そうしてあっという間に数日が経過して私は今シュヴァイツ家にいる。
「……ん」
最初から「シュヴァイツ家は辺境の地にある」と聞いていた通り、馬車は何度か立ち往生に乗り上げ……ここに来るまで大変な思いをしていたけれど……。
この家から見える景色は緑が豊かで、王都近くに住んでいた我が家とはまた全然違い、とてもキレイに見えた。
「お嬢様。今日も良いお天気ですよ」
一緒に来てくれたメイドのルカに促され、窓の外を見る。
「……そうね」
そこには家で管理しているキレイな花が一面広がっていた。しかも、すぐそばには温室まであるといった徹底ぶりである。
本当に、これだけの庭を維持するのにどれだけの時間と労力がかかっているのか不思議に思う。
「……?」
すると、部屋にノックの音が響いた。
「はい」
ルカがドアを開けると、そこにいたのは花束を持ったシュヴァイツ伯爵。いや、私の夫……になった人がいた。
ただ「夫になった」とは言っても、書類を提出しただけ……。
結婚式などを行ったわけではない。つまり、形式上は「夫婦」になった……というワケだ。
「おはよう。よく眠れたかな?」
「はい。わざわざありがとうございますって、もう数日経ちましたよ」
「そうなんだけどね。ほら、王都からここまでは長旅だっただろうから。それに、道も全て整備されているワケではなかっただろうし」
「お気遣いありがとうございます」
そう答えると、シュヴァイツ伯爵は「いやいや」と答える。
正直、ここまで丁重な扱いをされるとは思っていなかった……というが正直な感想だ。
何せ、私は婚約を破棄された身。どういった扱いを受けるか……と身構えていたのもまた事実。
それに、シュヴァイツ伯爵もとい「ライオネル・シュヴァイツ」は、その辺境という場所も相まって社交の場にはほとんど参加していない。
だからこそ、私はシュヴァイツ様の事を何も知らない。
ただ分かるのは……この辺境の土地を自ら志願したという事。
正直お世辞にも「普通」はこんな土地を自ら選ばない。だから「普通」とは違う故に、本人がいないのをいい事に色々言われてしまっている様だ。
「あ、そうだ。コレ、今朝摘んで来たんだけど……」
少し照れた様に見えるのは、私に遠慮しているから……なのだろうか。
「……」
ここ数日。私がシュヴァイツ様に対する印象は随分と変わった様な気がする。
私としてはもっとこう……厳格とまではいかなくても、もっと暗い……とまではいかなくても一匹狼みたいな感じだと勝手に思っていた。
「ありがとうございます。とてもきれいな花ですね」
そう受け取りながら答えると、伯爵は嬉しそうに「よかった」と胸をなで下ろしている。
でも、今の私の目の目にいる彼は……何というかとても「かわいらしい」感じがした。
「……」
思えば、私はエリオットから花なんてもらった事があっただろうか。いや……ほとんどない。あったとしても、それは周囲に合わせた義務の様なモノで「とりあえず送りました」という感じなのが手に取る様に分かった。
「あ……とさ」
「はい」
「君は本当に良かったの? ここに嫁いでさ」
「え?」
「僕が言うのも変な話だけどさ。ここ、王都とは全然違うから。もし慣れなくて嫌なら今からでも君のお父さんに掛け合う事だって……」
シュヴァイツ様は多分「僕じゃなくてももっと良い稼ぎ先がある」と言いたいのだろう。
「いえ。お父様は一度決めた事は決して曲げません。それに……」
「それに?」
「私はむしろここに来られて良かったと思っていますから」
「……へぇ? 気になるね。そう思う理由」
興味津々といった様子でシュヴァイツ様は私を見る。
そもそも、彼は自身の研究が評価されて貴族の身分を得た人物だ。そして、この土地を選んだのも自身の研究のためだと、ここに来てから知った。
「――私も同じだからです」
「同じ?」
シュヴァイツ様はキョトンとした表情を見せるのだけど、それだけで本当にかわいらしく見える。
ここ数日。シュヴァイツ様は見た目はともかく、行動や表情は……私よりもとてもかわいい。
でも、さすがに言葉に出ない様に気をつけている。だって女性に「かわいい」とは言われたくないだろう。
「どうかした?」
「――いえ、ただ……私もあなたと同じく植物の研究が好きだからです」
首をかしげる彼に思わず小さく笑ってしまったけれど、すぐに窓の外いっぱいに広がる楽園を見ながら、私はそう答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます