第2話 追憶


 嫁ぎ先を告げられたのは昨日だったけれど、意外と荷物はあっという間にまとまった……いや、そもそも私が部屋に入った時点でまとめられていた……という方が正しいかも知れない。


 多分、お父様は私が婚約破棄になる事をすでに知っていて、メイドたちに指示をしていたのだろう。


 その可能性は間違っていないと思う。何せお父様は私がいなくても……いや、いない方が良いのだから――。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


『エリシアはかわいいなぁ!』


 これはよくお父様が妹に言っていた言葉で、私の小さい頃からよく聞いていた言葉ある。


「……」


 この言葉の通り、お父様にとっては私は「かわいい」という存在ではなかったという事がよく分かる。


 でも、それも仕方のない話かも知れない。


 小さい頃から私は体が弱い上に、家にいる事が多く、社交界にデビューするのが遅かった。それ故か私に『友人』と呼べる人はおらず、家の書斎に閉じこもっていた。


 最初でこそ優しかったお父様が変わったのは……妹の『エリシア』が生まれてからだ。


 彼女が生まれてからはお父様はまるで私の存在なんてないかの様にしていた。


 最初こそ違和感を抱いていたけれど、それがもっと顕著になったのは……やはり「お母様が亡くなってから」だろう。


「……」


 妹は……まるでお母様をそのまま生き写したかの様に見た目がそっくりだった。


 そして、私はどちらかと言えばお父様に似ていた。ひょっとしたらお父様は自分に似ている私が嫌だったのかも知れない。


 正直、そんな事を私に言われてもどうしようもない……なんて思っていた私の元突然「婚約」の話が舞い込んだ。


 それが宰相の息子であるエリオットだった。


 年齢的にも婚約をしてもおかしくはない話ではあった。しかも、ハモンド宰相がじきじきに「私を」と指名したとの事。


 当然、私は宰相と顔を合わせる事はあっても、個別で話をした事なんてなくて、この話を聞いた時は本当に驚きだった。


 そしてどうやらお父様もそれは同じだったらしく、最初は「なぜアリシアを?」と言いつつ妹の方を押していたらしい。


 でも、ハモンド宰相はその話には首を決して縦には振らず、私でなければ婚約の話すらなかったことにするという勢いだったそうだ。


 まぁ、肝心の相手である本人は全然乗り気じゃなかったし、どちらかというと「自分の邪魔さえしなければ誰でもいい」という様子だった。


 だから、今となっては正直「いつかはこうなっていたかも……という気持ちがなかったか」と聞かれると……あったと答えられる。


 それくらい。私と彼との間には大きな距離があった。


「今となっては思い出と言うほどでも……」


 なんて負け惜しみにも聞こえる言葉を言いつつも心の中では……。


「――アリシアお姉様!」


 やはり「妹を置いていくという事」がどうしても心残りだ。正直、今ではお父様の溺愛ぶりは……もはや狂気の域だ。


 正直、かなり心配である。


「エリシア」


 もうすぐ馬車が出るというタイミングで駆け付けたエリシアに、私は馬車の窓から声をかける。


「私、嫌です! こんな……」

「いいのよ。いずれこうなていた……そんな気がするの」


「そんな……」

「エリシア、元気でね」


 そもそも私たち姉妹の仲は決して悪くない。むしろ良好だ。


 そしてエリシアは幼少の頃から自分にしか気を向けないお父様に不信感を抱いていた。まぁ、当のお父様は気が付いていないだろうけれど。


「グスッ。私、手紙書きます」

「ふふ、きっと届かないわよ」


 そう、そんな事をすればきっとお父様が邪魔をする。


「大丈夫です! 絶対に!」

「……」


 そう言い切る彼女に「一体いつからこんなに強くなったのだろうか」と思う。でも、この言葉で妹の成長が分かっただけで私は十分安心した。


 きっと、大丈夫だ……と。


「じゃあ待っているわ」


 そう言ったと同時に馬車は走り出し……そのまま辺境にあるといわれるシュヴァイツ伯爵の家へと向かったのだった――。

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