第二話 「黒色のスライム」【魔王♂目線】

────「魔王の居城」


 いきなりだが、ボクが部屋でミレーズと出会う少し前の話をしておくとする。


 ミレーズ達には絶対に秘密だが、ボクは魔王だ。

 リンデシェナ=ルゼンダという名で呼ばれていた頃もあったが、今は魔王と呼ばれている。

 姓を聞けば勘付く者も少なくない。

 そう、私はミレーズ達の祖でもある、初代の勇者だった。


 勇者として魔王を討伐した翌日、私は魔王となった。

 理由は深い事情があった。

 それはまたの機会に話すことにしよう。


 魔王になってからは、常に虚しさで一杯だった。

 一年に何度か…イルジェド王国の国王の命により、勇者の素質を発現した若者達が果敢にも挑んでくる。

 だが双方の力の差は歴然で、一瞬で雌雄は決してしまうのだ。

 挑まれる度、未来ある若者達の命を、無慈悲に摘み取らなければならなかった。

 それが魔王になった者の定めでもあるからだ。


 しかし、戦う前から命乞いをしてきた者達に関しては寛容な態度で接した。

 イルジェド王国の国王から命を受けた頃からの記憶を全て消し、別の王国で新たな人生を歩ませてきた。


 そう言えば、ミレーズ達にはもう何度も、この世界の各地に点在している魔王の居城へ、私の足跡を辿って攻め込まれていた。

 恐らく、討伐に来た勇者の中では過去一番、私に肉薄してきているのがミレーズなのだ。

 私は、魔王にも成り得る逸材のミレーズを、無碍に殺してしまうのが惜しかった。

 だから、直前まで迫ってくると居城を抜け出して、暫く雲隠れした後で別の居城へと移っていた。


 そうだ。

 何故、私が黒色のスライムの姿か説明するとしよう。


 魔王になってから、もう数千年程生きている。

 だが、元々は人間だった為、肉体は限界を迎えてしまうのだ。

 そんな時、魔王の手下の中に、『人格排出』と『人格移行』の魔法をそれぞれ使える魔族のきょうだいがいた。

 ある時、ボクはその魔族のきょうだいに対し、三つの命令を下した。

 一つ目は、魔王の力に耐え得る依代を探すこと。

 二つ目は、魔王に対し『人格排出』をすること。

 三つ目は、排出された魔王の人格を、依代へ『人格移行』をすること。

 魔族のきょうだいにとっては、ボクの下した命令は容易いことのようで、直ぐにやってのけた。

 それでボクの身体は、肉体の限界を迎える前に定期的に新しくなり、維持されるようになった。


 そして今日は、依代へ人格移行される日だった。

 ボクは魔王の部屋の椅子に腰掛けていた。


 「魔王様?今回の依代は人間の女でございます。」


 まずボクに声をかけてきたのが、『人格排出』の魔法が使える魔族のイオレシス=ドエアリオだった。炎系の魔法を得意としていた。彼は青黒い長髪に、紅い瞳、漆黒の肌、頭には禍々しい湾曲した角、漆黒の翼、長身で引き締まった身体の美男だ。


 「早くしませんと、魔王様?依代の身体が朽ちてしまいますよ?」


 焦らせるように声をかけてきたのは、『人格移行』の魔法が使える魔族のイオレシア=ドエアリオだ。イオレシスは兄にあたる。闇系の魔法を得意としていた。イオレシアは銀色のショートヘアに、紅い瞳、真っ白の肌、頭には禍々しくも可愛らしく巻いた角、漆黒の翼、小柄だがグラマラスボディの美人だった。彼、いや彼女は両性具有の為、どちらの性別からも人気があった。


 二人はきょうだいとは言えど、母親が違うせいか瞳の色と翼の形位しか似ている部位が見当たらなかった。


 「そうだね。ではイオレシス、イオレシア、いつものようにお願いするね?」


 そう言って席を立つと、ボクは着ていたものを脱いで裸になった。

 すると見計らったかのように、イオレシスがボクに近づいてきた。


 「ごめんなさい。では、失礼します。『人格排出』!!」


 何故かイオレシスは、何故かボクに謝罪すると一礼してきたのだ。

 間髪入れず、ボクの背中に右手をあて魔法を唱えた。


 ──ブリュ…ブリュ…ブリュンッ…


 ボクは自身の身体から、排出される感覚に襲われた。


 次の瞬間、床の上に固形のゼリー状のような動きも喋りもしない物体が転がった。

 これが『人格排出』されたボク自身の人格だ。


 椅子の側には、直立不動で動かない人格の抜け出たボクの身体が立っているはずだ。

 はずだと言うのは、人格排出された状態では全ての感覚がない為、分からないのだ。


 『人格排出』されてどれくらい経っただろう。

 今日は『人格移行』されるまでの間があるような気がした。

 だがそれも直ぐに解消された。


 『人格移行』が完了したようで、ボクの感覚が戻ったのだ。

 でも何かがおかしかった。

 視点が低く、身体は『人格排出』されていた時と変わらないような気がした。

 まず手を見ようとすると、それは手ではなく触手状に伸びたゼリー状の何かだった。


 ──ポヨンッ、ポヨンッ…


 なんだ…これ…。

 ゼリー状?!

 す、スライム!?


 そう、明らかにスライムの身体だったのだ。


 「ねぇ…?一体どうしたの、これ?」


 「えっ?!」


 ボクが喋ったことに、近くに居たイオレシアは驚いた表情を浮かべた。

 恐らく、予想外だったのだろう。

 まぁ無理もない。

 この世界でスライムが喋るなんて、まずあり得ないのだから。


 「なんで、ボクの身体がスライムなのか、今すぐ説明してくれる?イオレシア。」


 「お兄様!!大問題発生です!!」


 イオレシアは、魔王であるボクへの回答は無視して、兄のイオレシスを大声で呼んだ。


 「なんだ?俺は魔王の身体と依代運ぶのに、忙しいんだぞ?」


 そう言いながら、イオレシスは部屋の奥にある転送門のある扉から出てきた。


 「イオレシス。ボクからの離反及び、反乱ってことかな?」


 「なっ!?イオレシア!!何で喋っているんだ!!ただのスライムに『人格移行』したんだろ?!」


 またもや、イオレシスも魔王であるボクへの回答は無視して、イオレシアに向け問い正し始めた。


 「はい!!ただのその辺にいて、蹴れば死ぬ弱いスライムのはずです!!」


 ほぉ。

 あえてただのスライムにか。

 部屋に沸いたスライムに誤ってボクを『人格移行』した訳ではないようだ。

 誤って移行してしまった、という言葉が欲しかった。


 この二人は、知り合ってから今日までの長い年月の間、自分のきょうだいのように愛を注いできた。

 まさかだった。


 「はぁ…。イオレシス、イオレシア、本当に残念だよ。」


 あまりのショックに、口から言葉がこぼれ落ちていた。


 「お兄様、どうしましょう?」


 「スライムだぞ?倒しちまえば良いだろ?」


 この二人、ボクの言葉に全く聞く耳を持っていない。

 確証が持てないが、誰かに操られているという線も捨てきれない。


 「喰らえ!!『火焔・極』!!」


 イオレシスはボクに向け、躊躇なく火属性魔法を唱えた。


 ──ボウッ!!


 ボクの足元へ魔法陣が現れ、大きな炎が包み込む。

 スライムは火属性に弱い為、最悪だ。

 ボクは瞬時に判断して、ダメ元で『魔法障壁』を唱えていた。

 するとボクの身体を障壁が包み込み、炎は無効化されたのだ。


 そんな時だった。


 ──ガチャッ…


 部屋の扉が開いたのだ。

 すると、ミレーズの姿が見えた。


 「うわぁぁぁぁっ!!」


 これ幸いと、まずボクは大声をあげた。

 

 ──ググググッ…。


 ボクは、スライムの身体の特性を思い出した。

 床側に身体を一度引き寄せて力を溜めた。


 ──ポヨヨオオオオンッ!!


 そして、ミレーズに向けて、溜めていた力を解き放った。

 すると溜めていた反動で、ミレーズに向かって一直線だった。


 「えっ?!黒い…スライム!?」


 「助けてええええ!!」


 黒いスライム?

 言っている意味が分からなかった。

 とりあえず可愛い声でミレーズへアピールを試みた。


 「スライムさん!!おいで!!」


 すると、ミレーズは両手を拡げた。

 そして、向かってくるボクを受け止める姿勢に入った。


 ──ムギュンッ…


 ミレーズの胸やお腹辺りで受け止められた。

 女性特有の柔らかな感触が伝わってきた。


 「えっ?!」


 ──バタンッ…


 勢いよく飛びついたボクを受け止めた衝撃なのか、ミレーズは部屋の外へと弾き飛ばされた。


 「お姉さん…ありがとう…。」


 可愛さアピールをしつつ、ボクはミレーズの身体に擦り寄ってみた。

 うん、なかなか良い身体だ。


 「ひやっ…?!スライムさん冷たいよ…。」


 ボクは、防具を着けていない肌の部分が気になってしまい、ミレーズに巻きついていた。


 「あっ!?ゴメンなさい!!」


 可愛さアピールを忘れずに平謝りした。


 「でも、何で魔王さんの部屋になんか居たの?」


 「魔王様はここには居られないみたいです。手下は居るみたいですが。」


 このままミレーズが部屋に入れば、彼らと間違いなく戦闘になる。


 「スライムさん!!その話、本当ですか!?」


 「ボクも魔王様に用があって来たんです。でも、もうここからは去った後みたいで…しつこく聞いたら手下に殺されかけました。」


 ボクの話にミレーズが食い付いてきてくれたので、もっともらしい理由を答えた。

 まさか、ボクが魔王ですとは言えない。


 「うーん…。皆んなは、どう思う?」


 勇者パーティの仲間達にミレーズは意見を求め始めた。


 「確かに…!!誰でも分かる魔王の気配、急にしなくなりましたよね?」


 「そうだな。城に入ってからもここに来るまでは、魔王の強大な魔力がひしひしと伝わって来ていたんだがな…。」


 「ああ、確かに魔王のオーラが消えたな。また、魔王取り逃したってことか…?これで…何度目だ?」


 最後に意見を述べたダークエルフの言葉が、ボクの心にグサっと突き刺さった。


 「また…なんだね。魔王さん、なかなか私と剣交えてくれないね…。なら、一度引き返そっか…?」


 ボクがミレーズと剣を交えることは、今後はもう無いだろう。でも、ボクと戦えない事に対して、残念に思ってくれている事が嬉しかった。


 「ボクも、引き返すのに賛成です!!」


 ミレーズの胸元で抱かれているボクは、身体の一部を手のように伸ばして、可愛くあげた。

 

 「ねぇ…スライムさん?何で、魔王さんの部屋にいたのか、正直に教えてくれない?」


 ──ムギュウウウウッ…


 ボクの身体をミレーズは強く抱きしめてきた。

 すると優しくヨシヨシと撫でながら問いかけてきた。


 「実は…ボク…。」


 「なになに?」


 ミレーズはボクの方を覗き込むように見つめてきた。


 「実は…。魔王様へ好物の果物を、定期的に届けに来てました!!」


 「へ…?!」


 ボクの言葉に思わず、ミレーズ達四人は拍子抜けした様子だった。


 「キミ、魔王へ果物届けてたの!?」


 「そうなんですよ。ボクの住んでいる辺りで採れる果物が美味しいみたくて。」


 「じゃあ、あの部屋には本当に手下しか居ないんだな?」


 ミレーズと騎士はボクの言葉を信用してくれたようだ。


 「はい。手下に魔王様がどちらに行かれたかを聞こうとしたら、凄い剣幕で…。」


 まずボクはミレーズの胸元で、可愛さアピールをした。

 その上で、真実味を帯びさせるべく、オーバーアクションな身振り手振りで熱く語った。

 すると、ミレーズはボクの言葉にうんうんと頷いてくれるようになっていた。


 「ねぇ…?スライムさん…!!」


 「どうしました?」


 急にミレーズからスライムさんと呼ばれ、身構えてしまった。


 「私の…お供になって貰えませんか?」


 まさかの発言に驚きを隠せなかった。


 「良いですけど…。ボク、スライムだから…意識せずエッチなことしちゃってるって事あるみたいで…。」


 勇者のお供のスライムが実は魔王とは笑える。

 それにボクも男だ。

 こんな美人なミレーズのお供になれるのだ。

 断る馬鹿がどこに居るだろうか。


 「私、元奴隷だから…そう言うのは慣れてるから平気です…。」


 「えっ?!奴隷だったんですか!?」


 本当に驚いた。

 奴隷だったという話は聞いていなかった。

 だがこれで、明からさまなボディタッチも許してくれそうだ。


 「はい。私、勇者なのに…奴隷でした。では、えっと…スライムさん?お供宜しくお願いします!!」


 「こちらこそ、ボクの名前はリンと申します。ミレーズさん、宜しくお願いします。」


 ミレーズはボクを抱きながら手を差し伸べてきた。

 なので、ボクもそれに応えようと身体の一部を伸ばした。

 そして、ミレーズの手を握った。


 すると、ボクとミレーズの手が一瞬光り輝いた。

 無事、契約成立したようだ。


 「じゃあ…リンくん?リンちゃん?これから宜しくね?」


 「はい、リンくんでお願いします!!」


 魔王であるボクは、手下にスライムの姿にされ。

 勇者であるミレーズのお供になったのだ。

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勇者♀がお供にしたスライムは、人格排出された魔王♂だった件。 茉莉鵶 @maturia_jasmine

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