August flowers dance in the night sky
「パパ、ママ、早く!早く--!」
「そんなに走ると迷子になるよ---。」
私たち家族にとって、初めての夏祭り。
余程楽しみにしていたのだろう。色とりどりの屋台の中から、金魚すくいの屋台を見つけると、妻の手を引き駆けていく。
小さな背中に咲く桃色の帯の花を眺めながら、私は思わず感慨深く思い、今のこの幸せが特別な事なんだと改めて感じていた。
去年の誕生日にせがまれ、金魚鉢と赤と白の小さな金魚を2匹飼った。それから「君」は、甲斐甲斐しくも金魚の世話をし、暇さえあれば金魚鉢を眺めている。
妻と二人で無数の金魚たちが泳ぐ水槽の前にしゃがみ込み、ポイを片手にお目当ての金魚の後を追う。
パシャパシャと水を
どうやら、黒い小さな出目金を狙っているらしい。
「一つ貸してごらん。」
彼女の手からポイを一つ取り上げると、狙っていた出目金をスっと持ち上げる。
「わっパパ、じょうず!凄い!」
「君」の笑顔が見られて良かった。
「破れてないから、まだ何匹か取れるよ」
「ううん。この子だけでいいの。」
私の顔を見上げ、「君」は満面の笑み。
屋台のおじさんからも『良かったね』と頭を撫でられ御満悦のようだ。
「君」が私達夫婦を選んで来てくれて良かった。
結婚後、10年近く待ちわびた我が子は私達のかけがえのない宝物。「君」が産まれてからのこの4年間は、私たち夫婦にとって、一瞬一瞬がかけがえのない毎日だった。
この子が大人になって、恋をし、初めて恋人を私に紹介をする。
その時は冷静にいられるだろうか。
妻は『まだ早いわよ』と笑顔で言うが、「君」と一緒に過ごせる残りの時間が、私には短く感じて仕方がない。
「君」と出会うまでは、「君」のお母さんが私にとっての全てだった。
それが、「君」の存在がこれまで私が持ち合わせていた全ての概念を変えてしまった。
妻を愛する気持ちとは別の何かが私の中で芽生え、日に日に成長する。
それに応えるかのように、「君」も毎日毎日移り変わる表情を見せてくれる。
「君」は私と妻の間に入り、手を繋ぐ。
私と妻の二人の手で「君」は両手を引っ張りあげられながらぴょんっと跳ねると、一瞬だけ高くなる視界に大喜び。「君」の笑い声につられ、私と妻の表情も綻び笑う。
親子三人で横並び。屋台と多くの人々の陰から覗く夏の夜空。正午過ぎから晴れた空は、ポツンポツンと灰色の雲を浮かべているが、雨を降らす様子は感じない。
--ヒュルルルル--
---ドッッッッ---パーーン
----バラバラバラバラ---
雷鳴のような破裂音を響かせ、空に一輪の花が咲く。
その音を皮切りに、立て続けて色鮮やかな花が多数咲いていた。
耳を塞ぎながらも、「君」は目を輝かせながら空を見上げる。「君」の小さな瞳に映る鮮やかな大輪の花を見つめ、私は「君」の未来を願っていた。「君」の顔越しに妻と目が合い、微笑み合う。きっと二人して同じような事を考えていたのだろう。
「君」との出会いから、妻への気持ちも大きく変わった。
青臭い『愛』などと言った言葉で片付けられない想い。それも全て「君」のおかげ。
二人だけの時には無かった穏やかな幸福。
二人だけの時には無頓着だった移りゆく季節。
二人だけの時には掴めなかった真実の絆。
二人だけの時には忘れかけていた家族という意味。
二人だけの時には鈍感だった自身の心。
夜空に咲いては散りゆく大輪の花。
その一つ一つが私に語りかけてくる。
「お前はもうひとりじゃない--。」
「お前には守るべき者がいる--。」
「お前は強く生きろ--。」
「お前はいま、世界一の幸せ者だ--。」
「お前ももう、分かっているだろう--?」
--あぁ、分かってるさ。
私の隣には空を見上げる似た者同士。
赤や黄色に染まる横顔を見つめ、このひとときに人知れず涙し、決意する。
--明日からも、きっと素晴らしい日々が待っている。「君」たち二人を悲しませたくない。強く生きていこう、と---。
---
--
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