July Melancholy

「君」は窓から見える曇天を覗き込み溜息をついた。

 昨日の夜半過ぎから昼前まで続いた雨は、一日中薄暗い雲を残したままだった。


 放課後の待ち合わせ場所として使う、昔ながらの喫茶店。僕と「君」の場所。


 先に到着していた「君」は、メロンソーダにぽつんと乗っかった真っ赤なサクランボを口に運びながら呟いた。


「この空じゃ、今夜は期待出来ないかもね。」

「--え?今夜って--何か予定、あったっけ?」頭の中をフル回転させるが、全く心当たりがない。

「あーぁ、本当、ロマンも何も無いねぇ。--どうしてこんな奴、んだろ--。」呆れ顔で溜息をついた「君」は、半分程残っていたメロンソーダを一気に飲み干した。


 僕達二人の関係はが重なり合い、ひょんな事から始まっていた。


 出会いは2年前のちょうど今くらいの時期だった。

 僕は志望していた高校に落ち、落胆した気持ちをまだ引きずっていた。

 結局、入学した高校は地元から離れてしまい、これまで築き上げていた人間関係が希薄になっていた。


 そんな中、ある日の放課後。スマホに知らない番号からの着信。学校にいる間も同じ番号から掛かって来ており、中学時代の友人が番号変更後に掛けて来たのかと思っていた。


「--もしもし?」

『あ、もしもし!久しぶり!タカシさぁ--。』電話先の「君」は宛の話を明るい口調で話しだす。これが俗に言うマシンガントークか。

「あ、いや。僕、タカシじゃ--ありませんよ。」

『へ?嘘。だって番号---。じゃぁ、アンタ誰よ。』

「いや、僕はケンタロウです---。」

『--くぅ。そう言えば声がちがう?---ごめんなさい!間違えました---!』

 その日はそんな風に終わっていたのだが。


「君」は何を血迷ったのか---。

 次の日も同じくらいの時間に電話をかけて来たよね。


 その時は、この喫茶店でコーヒーを啜りながら東野圭吾の「白夜行」を読んでいた。

 読み始めたばかりだったのだが、今から一番面白くなるところ。

 母親に手を引かれた同級生の女の子を、主人公の少年が不審に思い跡を追うシーン---。

 その、一番いいタイミングで着信が鳴ったのだった。


『--あ、もしもし?君?』

「あ、はい。そうです。」

『あはは、律儀に出てくれるんだ---。』

「あの、用が無いんだったら切りますよ。今、いいところなんで---。」

『いいところってなに?-あ、まさかお邪魔だったかしら--。気付かなくてごめんあそばせ。』


「君」はおどけたように話し、僕の話など聞いていないだった。


『それよりさ、ケンタロウ君ってどこの人なの?』

「え、僕ですか?その---、一ついいかな?人に聞く前に自分の事を話すべきじゃないでしょうか?」

「君」は確かに、と呟き自己紹介を始めた。

『名前は、リエ。高校1年生。K県のO市に住んでる。--はい、じゃ次。君は?』

「僕も、その---同じO市に住んでる高校1年生---。」

『え、嘘?!なんだ、一緒の地元?しかもタメじゃん!』


 偶然、同じ街に住み、同じ歳だと分かると、頻繁に電話を掛けてくるようになった。今年に入ってからは、「君」は図々しくも僕の喫茶店にまで来るようになった。


「---でさ。ケンタロウ。」僕の回想を断ち切るかのように話し出す。

「うん?」

「今日は七夕だよ!!分かる?」

「それは分かるよ。でも、それは--厳密にはじゃないと思うよ。今のグレゴリオ暦は明治時代になってから使われてるワケだし---あの、彦星と織姫の話なんて、旧暦時代の話だから多分8月の話でしょ。しかも、織姫って、人の話を最後まで聞かなかったからでしか彦星に会えなくなっただけで---。ちゃんと人の話を聞いてたらで会えていたのにね---。」

 僕は、本から視線を外さずに話していた。

「ホント、ロマンもクソも無いわね---。」


 深い溜息をついた「君」は何か言いたげな顔で僕を見る。

 でも、確かに僕はだと思うんだ。自分の経験則でしか物事を判断しない。良い意味で堅実、悪くいうと冒険しない、つまらない奴。多分、周りの人間はそう思っているだろう。


 ただ「君」は、そんな僕を観察するようにまじまじと視線を向けて来ることが多い。

 最初はその少し釣り上がった、黒々とした大きな瞳に吸い込まれそうでドギマギしていた。

 それが一年以上も経つと、慣れるもので。「君」の顔を最近。目を瞑ってても多分、似顔絵が描けるんじゃないかってくらいに。


「ねぇ、ケンタロウ。もし、うん。ホント仮の話ね。」

「うん。何?」

「うん、私が進学先を東京に行きたいって言ったら、?」

「うーん。そうだなぁ。会いには行くんじゃないかな?でも、遠距離恋愛になるくらいなら僕はきっと別れると思う。」

「え?」

「そうならないように、同じところに行けば良い。僕はそう思う。」


 喫茶店を出ると、雨は降っていなかったが星も月も見えない程に雲が掛かっている。

「君」は僕の手を握り囁いた。


「私も、ケンタロウと離れたくないから---一緒の大学を受けようかな。」

「それじゃあ、先ずは勉強からだね。」

「ケンタロウも、少し志望校レベル落としてよ---。」


 僕は右手を強く握りしめた。

 すると、「君」も同じように握り返してくれる。


 来年も、きっと一緒にいる。

 僕は彦星と、織姫のように

「君」の事を大切に想うは誰よりも持ち合わせているんだから---。














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