Der Liebhaber ist Santa Claus

石衣くもん

Fröhliche Weihnachten und ein glückliches Neues Jahr

 ドイツではクリスマスに親しい人へグリーティングカードを贈るのだと、水曜二限に知識を得た。得ただけで満足な自分たちに、先生は、


「今日学習した、クリストキンデルとヴァイナハツマンが描いてあるクリスマスカードよ。来週までにこれを親しい人に向けてメッセージを書いてきてね。勿論、ドイツ語でよ」


 春夏秋と過ごして、冬の手前。クリスマスの一ヶ月前イヴに、ああ、大学生ってこんなむちゃぶりされるのねって、二次元のサンタと睨めっこ。否、こいつはヴァイナハツマンというんだったっけ。


 いい子には贈り物を、悪い子には鞭、もしくは袋に詰めて連れ去ってしまう汚れ役。美しい少女、クリストキンデルと一緒くたにされた姿は従者のようで、それでいて堂々としているのがやけに目につく。


 何ゆえこいつはこんなにも憎たらしく感じるのか。そんな疑問に答えてくれるように届いた一枚の寒中見舞いを見て、合点がいった。


 ああ、こいつに似ているのか。ヴァイナハツマンは。


 


          ◇


 


「なぁ、知ってる? サンタさんてさ、お父さんがやってんねんで」


 眩しい程の笑顔を浮かべながら、出会って間もないご近所さんは、入学式へと向かう通学路にて六歳児の夢を粉々に砕ききった。


 なに、こいつがファーストインプレッション。それが通り過ぎた後の自分の内部では、なんで四月にサンタの話題? てかほんまにサンタさんはお父さんなん、そしてなぜ満面の笑みやねんコラァ! なんて謎に思うことが嵐のように吹き荒れ、渦巻き、収拾がつかなかった。


「……知らんかった」

「そっか」


 荒ぶる内に反比例して外、つまり表情が無に近づいていくあの感覚は、今でも忘れられない。そして奴の冷静な返答も同様にだ。


 しかしながら。第一印象が宜しくないと、逆に取り戻すのがひどく安易なことも世の常というもの。悪印象のまま天敵となり下がることも珍しくないが、例えば美しい顔だとか、可愛い笑顔とか、憎みきれない性格とか、やっぱり顔とか顔とか、あと顔とか。そういうものが、彼女を自分の中の大事な人ランキング上位に組み込ませる大きな要因だったのかもしれない。


 そんなこんなで、十一年経て高校生になっても、行き帰りの通学路を彼女と二人で歩くことだけは変わらなかったのだ。


「寒い」

「それはね、十二月だからなのだよ、お馬鹿さん」

「賢ぶって喋ると、より阿呆の子に見えるから不思議!」

「お褒めの言葉ありがとーございます、ガリ勉ヤロー」

「褒めてへんわ、ばぁか」


 他愛ない、山もなければ、オチもなく。そもそも意味のない会話。何が楽しいの、と問われれば胸を張って言える。楽しいんじゃなくて、これは習慣。食う寝ると同じくらいのことだからと。


 隣でない知恵絞って言い返そうとするこいつに恋人ができても、意地悪くそれを叩きのめそうと目論む自分に新たな友達ができても、この習慣だけは変わらなかった。


「もういいわ。明日から冬休みやし。やばいデートの予定立てなやわー」

「なんですかー。天皇誕生日にデートですか」

「クリスマスに決まってるやろ」


 クリスマス。君との会話の一番最初の話題。きっと前の年もその前の年だって、同じようなことを話したろうにね。


「あんたもサンタさんに恋人をねだってごらんよ」

「サンタさんはお父さんなんやろ? それはできひんわ」


 ちなみにうちのサンタは小六の時、枕元に自分専用の通帳と口座番号を贈ってくれて、その役目を終えた。


「この歳になるとな、恋人がサンタクロースになるねん」

「背の高いサンタクロース?」


 茶化して言えば、ちがう、と少しムッとしながら反論してその直後、嬉しそうに惚気話を始めた。


「去年なんかな、遅くまで仕事あったのに、二十四日の十一時くらいにわざわざうちまで来てくれてさ。


二十五日は丸々空けてきたから、最初から最後まで一緒にいようって。


寒かったのに車から降りて玄関前で待ってくれてて、もう鼻とか赤くなっててさあ」

「真っ赤な鼻はトナカイやろ」


 もうお腹いっぱいな自分に、まだ聞けと言わんばかりに惚気るもんだから堪らない。うるさい、この色ボケ。受験生なんやから、ちょっとは勉強せえ。


 そう吐き捨てるように言えば、訪れた沈黙。あれ、こんなことで怒る奴じゃないのに。


 予想外の反応に動揺して隣を窺えば、何か思い詰めた表情で。


「……受験しいひんよ、うち、結婚するから」

「――は?」


 彼女の右手は、肩から下げた空に近い鞄の肩掛け紐に。


 そして、その左手は慈しむように下腹部へ。


「な、にが」

「恋人はサンタクロース。クリスマスプレゼントやねん」


 笑えない冗談を言うなと怒鳴りつけようとしたのに、声が思ったように出なくて。

 そんな自分に奴は、生理が来なくて、今朝、検査薬で調べたから間違いない、なんて聞きたくない事実を突き付けてくる。


「は……そんな、あんた……相手には」

「まだ、てゆーか、親にもまだ。あんたに、一番最初に言うたから」


 寒さではない頬の赤みが、優しく腹部をなぜる掌が、冗談でないことを知らしめる。


 何考えてるの。馬鹿じゃないの。拒絶されたらどうするの。


――――私を、置いていくつもりなの。


 疑問が、不満が、ぐるぐる回った結果、口をついて出てきたのは、思ってたより低めの声の、


「おめでとう」


 ああ、あの時とまったく同じ。ひどいことになっているのは内側だけだ。取り乱しているのは、自分だけ。


「ありがとう」


 そう言いながら君が浮かべた笑顔は、今まで見た中で一番美しく、吐きそうなくらい腹立たしかったのを鮮明に覚えていた。



          ◇



 ヴァイナハツマンは悪い子だった自分に罰を与え、良い子だった君の薬指に最高のプレゼントを贈った。


 もしくは悪い子だった君を、袋に詰めて私の元から連れ去ったのかもしれない。


 どちらにしろ、君を奪っていったのは、この男なのだから。



Fröhliche Weihnachten und ein glückliches Neues Jahr


“ Der Liebhaber恋人 ist Santaサンタ Clausクロース!”



 美しい幼子と意地悪そうな老人の上にそう書きなぐってから、くしゃくしゃに丸めてごみ箱に放り投げ、


「Shöne Weihnachten!」


と、覚えたてのドイツ語で一人呟いた。




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