第2話 あまりにも……!! 不憫だ……っ!!


「––––私、昔からよくモテるの」


 神妙な面持ちで、青山は語り出した。


「…………帰るぞ?」


 俺が辟易とした顔をしていると、


「ま、待ってよ! まだ続きがあるの」


「そうか」


 俺はゆっくりと紅茶を口まで運び、青山の話を待つ。


「……私、今までに何回告白されたと思う?」


 俺が呆れて答えずにいると、青山は気にした様子もなく続けた。


「数えきれないくらい告白されたの」


「そうか」


 もう、俺はこの話から興味を失っていた。いや、元から大してなかったが。


 それより紅茶がうまい。甘さ、香り共に星4.5はつけたいな。


「……じゃあ、私は何回告白したことがあると思う?」


 ふむ、値段はリーズナブルなのに、どこか上品な味わいなのが良いな。

 値段の割に高級感のある革財布みたいだ。自分まで品のある男だと錯覚してしまう、魅惑の紅茶だな。


 俺が紅茶を嗜んでいると、青山は一層神妙な顔を作った。


「28回告白したんだ」


「……そうか」


「じゃあ、そのうち私は何回フラれたと思う?」


「…………」

 

 ……なんなんだ、その質問は。まるで、一度や二度じゃないかのような……

 やめろ、聞きたくない……!! これ以上は、聞いてはいけない気がする……っ!!


 俺がそっと耳を塞ぐのと同時––––いや、それよりも僅かに早く、青山が口を開いた。


「28回……フラれたの」


「……そう……か……」


 こいつ……っ!! 28回もあんなのを経験したっていうのか……!!


 カケル君は、そんな壮大な記憶のひとつに過ぎなかったってのかよ……!! 側から見てる俺ですら心にきたってのに……!!


「ちょっ、ちょっと! 何で倉本くんが泣くの!?」


 これが泣かずにいられるか……!! 


 俺はテーブルに置いてあったおしぼりで目元を拭う。


「あまりにも……不憫だ」


「う、うん。ありがと?」


「褒めてはいない。……けど、なんでそんなにフラれるんだ?」


 頭に浮かんだ当然の疑問。


 これだけモテて、評判がいいのに、なぜ28回も男が断るんだ? 

 好みじゃない、ってことはあるかも知れないが……とりあえず付き合ってみようとはならないのか?


「……倉本くんも、さっきの告白を見てたなら分かるはずだよ」


 さっきの告白……


 カケル君……


 彼女……


「まさか……!!」


「うん。カケル君だけじゃない。私の告白する人には決まって––––」


 待て。それ以上は……!! それ以上は聞きたくない……っ!!


「彼女がいるの」


 哀愁漂う青山を見て、俺はテーブルに拳を叩きつけた。


「あまりにも……!! 不憫だ……っ!!」


 好きになる人が全員、彼女持ちってことか……!?

 ってことは、こいつにはもう……!!


「だから私、彼氏いたことないんだ」


 どこか諦めたように、青山は呟いた。


 これからも、彼氏ができる見込みは無いってことじゃねぇかぁぁ!!


「あは、あははは……何でだろうね……ははははは」


 青山は壊れたように乾いた笑みを浮かべている。


「美人でも……悩みはあるよな」


「倉本くん……」


「……まぁ、なんだ……諦めんなよ」


 これが、俺にできる精一杯の応援だった。


「倉本くん……!」


 そうして俺たちは、2人涙ぐんだ––––

 


◆◇◆◇



「帰宅!」


 一人暮らしの青山だが、高らかに宣言すると、何かがリビングの方からもそもそと動き出した。


「おー、ただいま麿呂まろ! 元気にしてたかー?」


 とたとたとやって来ると、きれいな三毛猫(ぽっちゃり)は青山に頬を寄せ始める。


「よしよし、今日もかわいいね!」


 右手でグッジョブ! と親指を立て、青山は麿呂のお腹をわしゃわしゃする。今日は、いつもよりも長めに。


 失恋の後は、いつもこうして麿呂に癒してもらうのだ。その後はベットに直行して枕を濡らすのがテンプレとなっている。


 しかし、今日の青山はベットには向かわない。


「……先、お風呂かな」


 泣きすぎた。告白に向けて気合を入れたメイクも落ちてしまい、顔はくしゃくしゃだ。


 鏡でそれを確認した青山は、脱衣所で服を脱ぎ始める。

 いつも––––過去の27回は、これをするのも無気力になってしまい大変なのだが……今日は、少し体が軽く感じた。


(倉本くんに話したからかな……)


 初めて、他人にあれだけの弱みを見せた。見せてもいいと思えた。柄にもなく、自然体で接することができた。


 自分のことのように涙を見せるのに、重苦しい空気にはならない––––そんな倉本との時間が、青山の心をいくらか軽くしていた。


 ––––しかし。


 シャワーヘッドを手に取り、髪を濡らそうと上を向いた時、青山は動きを止めた。


「……待って。何か……何か違う気がする」


 大切な何か……忘れちゃいけないあの事……青山は、必死に考えた。


 そして、電撃に貫かれたような錯覚に見舞われ、気がつく。


「––––好きになる人全員に彼女がいるってことは……私、これからも付き合えないんじゃ……?」


 むしろ28回も同じことを繰り返すまで気が付かなかったのだろうか。


「このままじゃ……」

 

 フラれる悲しい経験だけが積み重なり、30歳を過ぎる頃に記念すべき100フラレ記念を自宅で酒缶とともに祝うところまで思い浮かべて、青山は青ざめた。


「––––早急に……手を打たないと……!!」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る