恋愛マスター(笑)青山さんは、彼氏募集中!

おんたけ

第1話 俺は青山さんとは……付き合えないよ


 細い木々の立ち並ぶ、一本道。


 GWの明けた5月初旬の朝日に照らされて、それらは輝いて見えた。


 1限開始時間が過ぎたこの時間。ここを通る学生はほぼいない。


 現在進行形で講義に遅刻している俺と––––


「ご、ごめんね? 1限無いのに呼び出しちゃって……」


「いいよ。気にしないで」


 ……あの2人を除いて。


 俺は木々の下で気まずそうに俯く女子学生と、緊張した面持ちの男子学生に目をやる。


 どう見ても告白。2人とも気まずそうだが、それを見せられてる俺が1番気まずい。


 ならさっさと行けって話だが……ここは、一本道。大学の本校舎へと続く、唯一の道。

 流石の俺も、告白現場を何食わぬ顔で素通りする度胸はない。


「そ、それでね……えっと、実は……」


 女子学生の方が意を決したように顔を上げた。


 入学して間もない俺だが、その顔には見覚えがあった。


 青山暦あおやまこよみ––––今年入学してきた新一年生。確か、学部も一緒だったはずだ。


 可愛くて人当たりの良い、あどけなさの残る美少女––––なんて言われていたのを耳にしたことがある。

 要するに、めちゃくちゃモテるらしい。


「初めて会った時から、優しくて、かっこいい人だなって思って……!」


 そんな青山に告白されるなんて、あの男も本望だろう。

 不本意だがこれを見届けて、俺は講義に行く。


 決意を新たに、木々の下を見る。


「わ、私! カケル君のことが好きなの!! よかったら……お付き合いとか––––」


「……ごめん。俺は青山さんとは……付き合えないよ」


 ……ん。ん? 何だって?


「……俺、彼女がいるんだ……!」


 何だって!? おいカケル君どう言うことだ!?

 

 悔しそうに声を絞り出すカケル君。


 彼女がいなかったら、二つ返事でオーケーを出していたのだろう。気持ちは分かるが。


「……か、彼女? あ、あ〜、そっかぁ……ご、ごめんね? 困らせるようなこと言っちゃったね」


 魂の抜けた声で必死にこの場を収めようとする青山。もうその顔からは生気が感じられない。


 くそっ……! なんて可哀想なやつなんだ……っ!


 もう俺には、さっきまでの急かすような気持ちはなかった。ただただ、目の前の女が可哀想でならない。


 一言「ごめん」と告げ、カケル君は本校舎へと姿を消す。


 いたたまれねぇよ……!! カップル誕生の瞬間なんて見たくないと思ったが、これはあんまりだ……っ!!


「うぅぅぁぁ……!! そんなぁ……」


 ほら泣き出したじゃねぇか! カケル君何とかしろよ!! 逃げんなよ!


 青山は、涙ぐみながら木に背中を預けた。


「カケル君……もう、君には大切な人がいたんだね……」


 カケルくぅぅぅぅん!! 


 やばい。もう俺が泣きそう。


 鼻を啜りながら目元を拭った時。


「……ん?」


「……あ」


 目が合った。目が合ってしまった。


 もう一度確認しておくと、ここは一本道。隠れる場所など––––そう、どこにもあるわけがなかった。

 

 急いで後退して曲がり角に目を向けるが––––


「––––すみません。もしかして……見てました?」


 時すでに遅し。背後から腕をガシッと掴まれた。可愛い顔に似合わず、絶対に逃さないという意志の強さを感じる。


 俺は、ゆっくりと振り返る。


「……見てませんよ」


 青山の貼り付けたような笑顔が、この状況を物語っていた。


「そうですか? じゃあ、なんで泣いてるんですか?」


「な、泣いてねぇ!! これは……ちょっと悲しいものを見ちまっただけだ」


「……少し、お話しましょう?」


 不自然に上がった口角が、ヒクヒクと小刻みに動いている。


 ……俺に、この腕を振り解くだけの力も度胸もなかった。



◆◇◆◇



 大学近くの喫茶店。


 落ち着いた雰囲気のアンティーク模様。


 10時前の中途半端な時間では、あまり人もいないため、より落ち着いて見える。


 ……が、目の前の女はその雰囲気をぶち壊していた。


「––––で、倉本くんは全部見ていたわけだ? 私の……私の失恋の瞬間を……う、うぁぁぁん––––」


「泣きじゃくるくらいなら思い出すなよ……」

 

「倉本くんが見てたのが悪いんだよ!! どんな趣味してんの!」


「はぁ!? す、好きで見てたんじゃねぇよ! 講義行こうとしたらお前らがいたから通れなかったんだろうが! ……てか、1限飛んだじゃねぇか!!」


 思い出した!! 何のために我慢してあんなとこいたんだ俺は!! 


 挙げ句の果てに、いきなり喫茶店に連れ込まれるとはどういうことか!!


「案外真面目だね……怖そうな見た目なのに……そういえば、カケル君も真面目な人だったなぁ……あぁぁぁ〜〜……」


 再び泣きじゃくりながらテーブルに突っ伏す青山。


 ちらほらいる客が、苦笑いでこっちを見ている。


 俺は部外者だから……! 頼むからこっち見ないでくれ……!


 そう祈っていると、青山が冷ややかな視線を向けてきた。


「……ねぇ、みんなこっち見てるよ? おしゃれな喫茶店に、倉本くんみたいなオラオラ系は似合わなかったんじゃない?」


「オラオラしてんのは無理やり俺を連れてきたお前だ!! てか、見られてんのはお前なんだよ!!」


 俺が叫ぶと、周りの客がひそひそと話しながら、青山に負けず劣らず冷ややかな目を向けてきた。


 ……くっそぉ!! もうやだ!!


 ほらね? と言わんばかりの青山の顔がムカつく。


「アッシュグレーのジェットモヒカンなんて、どう見ても怖いよ。背も高いし……まぁかっこいいとは思うけど」


「よっけいなお世話だ! 事細かに俺の外見を説明しやがって……」


 ったく、これ以上付き合ってられっか!


 千円札をテーブルに置き、席を立つが––––


「ま、待って倉本くん!! 行かないで!!」


 青山が手を伸ばして俺を引き止めてくる。


「あぁ? もういいだろ。金は置いたから、もうついてくるなよ」


「冷たっ! いや違うの! 聞いて欲しい話があるの!!」


「嫌に決まってんだろ。せめて2限からは出たいんだよ……っ!!」


 涙目で掴みかかってくる青山の手を解こうと必死になっていると––––


「かわいそうに……彼女の話くらい聞いてあげれば良いのに……」

「あそこまでしなくても……」

「あんなに可愛い彼女がいて、何なんだあいつは……!! ぶっ殺してやる……!!」


 ひそひそと、そんな声が耳に届く。


「––––よし分かった。話を聞こう」


 静かに座り直した俺は、2限を捨てた。

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