第3話 お前は何を言っている?
細い木々の立ち並ぶ、一本道。
GWの明けた5月初旬の朝日に照らされて、それらは輝いて見えた。
あぁ……でも何で……
「おはよう、倉本くん!」
こいつがいるんだろう……
冷めた目をしていると、青山は大きく胸を張った。
「待ってたよ!」
「待ってんなよ。目立つんだよ残念女」
午前9時前。今日は遅刻していない。
そのせいで、一本道は一限を受けに行く学生で賑わっていた。
だから、目立つ。可愛くて人当たりの良い、あどけなさの残る美少女(通称)がいきなり俺に声をかけるもんだから、やたら目立つ。
さっきから、「もしかして告白!?」みたいな浮ついた声が聞こえて来る。
こいつが告白をするということは、このすぐ後に涙を流すということなのだが、こいつらそれを分かって言ってんのか? 血を見るよりも恐ろしいバッドエンドだぞ。
「ざっ……!? ……きょ、今日は倉本くんにお願いがあって待ってたからね。そこはスルーしてあげるよ」
一瞬眉毛をヒクつかせたが、すぐに顔を整える青山。
「倉本くんは、一限何かな?」
「……法律事例だよ」
「やっぱり! 同じだ! 倉本くん法学部だから、もしかしてと思ったんだ」
「お前……俺が一限なかったらどうしてたんだよ」
俺が呆れた声を出すと、あっけらかんと青山は、
「来るまで待つよ? 明日の昼までは待つ覚悟で来たからね」
「そんな重い覚悟は捨てちまえ。……まぁ、同じ法学部なら被ってる講義くらい分かるか」
まだ講義が始まって1ヶ月だが、毎週顔合わせるわけだから、顔くらいは認識してるだろ。俺も、青山が法律事例取ってたのは知ってたしな。
と、思ったが––––
「え? 倉本くんの受けてる講義なんて知らないよ? 私、大学に入ってからはカケル君しか見てなかったから」
「……」
あぁもうなんかムカつくなぁこいつ!!
◆◇◆◇
講義を受ける教場。
やたら長いデスクが、通路を挟みながら所狭しと設置されている。
俺らの大学––––
「……で、なんでお前は隣座ってんの?」
「誰か隣に来るの?」
「……来ねぇけどよ」
「ならいいよね!」と自己完結した青山はルーズリーフと教科書を広げ出した。
そういう問題じゃねぇんだよ。さっきから俺に向けられる殺意の視線が心にくるから言ってんだよ。
恐る恐る後ろを振り返ると––––
「うおぉっ!?」
コーヒーの入っていたスチール缶を厚さ2ミリまでへこませながら、俺を一心に睨んでいる男が。
それ以外にも、手に持った持ったシャーペンで俺の目を抉りにきそうな奴が大勢いる。
もれなく全員、目が血走っているから間違いない。
「? どうしたの?」
「な、何でもねぇよ……」
くっそぉ!! こんっの可愛くて人当たりの良い、あどけなさの残る美少女(通称)がぁぁ!!
「実は、倉本くんにお願いがあるんだよ」
「あ、あぁ」
そういえば、そんなこと言ってたな。
「まぁ、出来る範囲なら構わないけどよ。なんだ?」
「実は……私、このままだと一生彼氏ができないと思うの」
改まって言うことか……? 本人はいたって真剣そうだから声には出さないが。
「つまり、このままじゃだめなんだよ。今までと同じじゃ変わらない。何かを変えないと、って思ったの」
「おぉ、いいじゃねぇか。その調子だと思うぞ」
失恋直後でもっと悩んでるかと思ったが、結構前向きじゃねぇか。
告白撃沈現場を生で見たから、青山には報われてほしいという思いが少なからずあった。早速その兆候が見られるとは。
「今まで一人で考えて、一人で行動してたんだけど……もしかしたら、そのやり方が間違いだったのかも」
「ほうほう」
自分の中で、変えなきゃいけない部分が見えてるのか。こいつも頑張ってるんだな。
俺は、満足げにうんうん頷いた。
この時はまだ、人ごとの域を出ていなかったのだ。あくまで、青山の話として聞いていた。
「……だから、その……一人じゃ無理かもだから、倉本くんにも私が付き合えるようになる手助けをして欲しいの!!」
「うんうん……うん?」
何だって? こいつ今、何て言った?
俺に、報われない恋路の協力をしろと言ったのか? 嘘だろ? 嘘だよな!?
「待て待て待て。お前は何を言っている? 母国語が出てるぞ。俺にも分かるように言ってくれ」
「あいにく、私の母国は日本なんだ。だから今のは日本語だよ」
おい待て。じゃあ本当に……!?
「お、俺にオリンピック4連覇しろと……?」
「そんなこと言ってないよ!? え、待って私日本語話してたよね……?」
お前が不安になってきてんじゃねぇか。
「それくらい難しいことを言ってんだよ。そんな修羅の道に俺を巻き込むな」
俺がきっぱり断ったと同時。教授が教壇に上がった。
「では、始める。講義に関係のないもの、携帯はカバンにしまうように。無論、私語は厳禁。一言でも言葉を発したものに単位は無いと思いたまえ」
見ての通り、この講義は鬼のごとく厳しい。青山も、講義が始まったら諦めるだろう。
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