第二話 (元)勇者セオドア 後編
――それは突然の出来事だった。
「なあアンドリュー、これ終わったらまた行かねえか?」
「おめえ、この前スったばっかじゃねえか」
「なんか今回はいける気がすんだよ……だってそうだろ?あれだけか賭けたらあと一回で当たるかもしれなかったんだぜ?」
「良い養分だなオイ」
相変わらず、呑気に駄弁る二人に辟易しながら歩いていると。
ん?
何やら違和感が。
直後――
「ッ!?オイッ!武器を構えろ!」
気付けば、俺は怒鳴り声を上げていた。
通路の奥からヤバい気配がしたからだ。
流石にあんなでも相応の修羅場は潜り抜けている。
サムとアンドリューはすぐさま臨戦態勢に入った。
「「「……」」」
暗闇から見えるは、不気味に浮かんだいくつもの目。
「え、ちょ……」
サムが焦った様子でつぶやく。
「これは……」
俺も身体が冷えていくのを感じた。
魔力を通した目によって、奴らの体躯が次第に明らかとなる。
ギョロついた大きい瞳、人の背ほどある体長に、地に届きそうな長い腕。
特に、あの鋭い爪は人など容易に切り裂ける凶器に他ならない。
名は――
「デビルモンキーだッ!」
アンドリューが叫んだ。
「「「kkkkkgiiii!!!!!」」」
恐怖心を煽るように、不気味な声で鳴くデビルモンキー達。
反響した音が俺達を包み込み、逃げ場などないことを思い知らせる。
十を超えるデビルモンキーが、逃げ道を塞ぐ。
「こいつらはやべえ……」
アンドリューはそう言いつつまだ動かない。
いや、動けない。
それもそのはず、デビルモンキーは上級魔物に指定されているほど強いからだ。
ここは迂闊に動かない方が……。
「あ……あ…っ、あああああ!」
しかし、サムは踵を返すと一目散に来た道を戻っていった。
「おいばかサム!一人で行くなッ!」
アンドリューが叫ぶようにサムを制止するが、聞こえていないのかそのまま行ってしまった。
「gigiggi」
ニヤついた表情のデビルモンキー達は、サムを追うこともしない。
奴らは楽しんでいる。
自分の強さ、相手の力量を正しく把握し、俺達が逃げられないことを知っている。
こうなってしまえば出来ることは一つ。
俺とアンドリューは、横並びで剣を構える。
「ゆっくり戻るしかない…固まって、少しずつだ」
「……ああ」
この状況下で俺と争うほどアンドリューも馬鹿じゃない。
じりじりと近づいてくるデビルモンキー達を見据えたその時、サムの走り去っていった方向から足音がした。
「サムッ!」
「……」
アンドリューが安堵したような声を上げ振り返るが、この気配は……。
「glyagyagyagawigoai!!」
わざわざサムの生首を掴んで持ってきたデビルモンキーが、奥から現れた。
よく考えずとも分かる。
狡猾なデビルモンキーが大人しく逃がしてくれるはずがない。
「ハッ…だから言わんこっちゃないんだ」
アンドリューの張り付いた笑顔がヒクヒクと引きつった。
たしかに、もはや笑うしかないよな……
そのままアンドリューは俺と背中合わせになると言った。
「あの野郎だけは俺がやる……カタツムリ、てめえ先に死んだら殺すからなァ?」
「……ああ、二度殺されるなんて勘弁だ」
直後。
「kawhgowalgaaaa!」
鼓膜が破れそうな程大きい奇声を合図に、デビルモンキーが向かってきた。
「クソッタレがァァアアア!」
後ろで、アンドリューが雄叫びを上げた。
「ッ!」
一方、俺の方にも一瞬で近づき鋭い鉤爪を振り下ろすデビルモンキーが。
何とか剣を合わせる。
「グッ」
先程の雑魚魔物とは比べものにならないパワーに体勢が崩れる。
俺の右膝じゃ、正面から受けるのは自殺行為だな……
考える間にも、次々と攻撃を仕掛けてくるデビルモンキー。
何故か全員で襲ってくることはなく、一体だけで俺に向かってくる。
後方のデビルモンキー達は不愉快な笑い声を上げるばかりだ。
くそ、なめやがって……
懐に入られないよう剣を払うが、スウェーバックで躱される。
返しとばかりに突き刺してきた尾を剣の腹で受ける。
「グッ」
勢いを殺しきれず、衝撃が全身を駆け巡った。
当然、右膝が悲鳴を上げる。
だが、ここで避けるわけにはいかない。
後ろにはあいつがいるからだ。
「アンドリュー、大丈夫か!」
「……」
返事が、ない。
「アンドリュー?」
振り返ると――
ニタァァァァ
「ッ!?」
デビルモンキーの払った手が、脇腹に直撃し壁に叩き付けられる。
「がフッ」
なんて威力だよ……っ!
「gkgjaopjaaaa!!!」
「ゲホッゲホッ……ッ」
当たる直前に辛うじて魔力で防御したが完全には防ぎきれなかった。
咳き込みながら、視線だけは意地でもデビルモンキーに向ける。
あいつらは笑っていた。
「アンドリューの野郎……お前が先に死んでるじゃねえか……」
サムとアンドリュー、二人の髪の毛を握り生首をプラプラさせながらデビルモンキーは嘲笑う。
こいつらには、獲物でアソブ習性がある。
生きたまま、獲物を死なない程度に食いちぎり、恐怖にゆがんだ獲物を見て笑うのだ。
獲物が諦めれば、痛みを感じる箇所を攻撃して強制的に反応させる。
今回は俺を”アソビ”の標的に定めたようだ。
「……っ」
俺は、右膝を痛めており激しく動くことは出来ない。
それに、元勇者といえどこの数のデビルモンキーを相手にするには月日が経ちすぎた。
「「「ggayaraga!!!」」」
壁を背に出来るよう、右膝を庇いながら少しずつ下がる。
途中にじり寄ってくるデビルモンキーを剣で払うが、奴らはいとも簡単に避ける。
そして、異様に右足を狙って攻撃してくる。
「……クソッ」
あいつら……俺の右膝に気付いてやがるな?
何度目かも分からない攻防の末、ついに一体の蹴りが俺の右膝を捉えた。
「がァァァッ」
やばい……変な汗が止まらない。
溜まらず座り込んでしまう。
「ハアッ…ハアッ…」
うずくまるように、じっと動かなくなった俺。
デビルモンキーはじっくりと恐怖を実感させるように近づいてくる。
すぐには襲ってこない。
その代わり、デビルモンキーは続々と集まってくる。
全てのデビルモンキーが、特等席で見ようとせめぎ合っていた。
徐々に、徐々に、存分に恐怖を感じられるよう、俺の目と鼻の先まで近づいて。
醜悪で、卑劣な魔物……。
――が、今回はそれが好都合だった。
「……だ」
「???」
「
「gigwwyo!?」
先頭のデビルモンキーは、俺が一気に解放した魔力に気付き距離を取ろうとするが、他のデビルモンキーが邪魔で動けない。
「今更逃げても……遅い」
右手の聖痕が光り輝く。
熱い魔力がほとばしり、全身に力が漲った。
「gaoghhagwowrga!!!」
振り下ろしたデビルモンキーの爪が俺に当たる寸前。
「つぁ……っはあぁぁああ!!」
右足を踏ん張ったことで耐えがたい激痛が全身を駆け巡るが、無視して構えた剣を振り抜く。
弧を描くように振られた剣は、飛ぶ斬撃となって全てのデビルモンキーを両断した。
両壁に余波で深く抉れた線が引かれ、俺の持っていた剣は刀身から砕け散った。
「ハアッ…ハアッ…元勇者…なめんな…!」
しかし、そこで俺の体力も魔力も底を尽き、うつ伏せに倒れてしまう。
今襲われたら対抗できる手段がない……ッ
留まるわけにもいくまい。
ここは、這いつくばってでも進むことにする。
真っ暗な中、どっちが出口かも分からなければ、ここが全体でどの辺りかも分からない。
「全く……こんなのばっかだな……ッ」
この絶望的な状況で、脳裏に蘇ったのは――。
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